惑 星 異 聞 【 白 】 |
どちらかといえば、きっと豪快に何かをぶつけてビルあたりを崩壊させてみたかったのだろう。それくらい、シヴァは不機嫌だった。 理由は簡単で、どう考えても自分向きとは思えない仕事を押しつけられたからだ。物を壊すのは大の得意だが、物を探すのは大の苦手だ。しかも、迷子の身元探し。人を探すなど、今まで自力ではまともにやったことがない。 しかも一人なので、相方に全てを任せて逃げることも不可能だ。そこまで嫌なら完全に放棄してしまえばよさそうなものだが、それは上司であるアレーンの報復が怖くてとても実行できない。何を考えているかはわからない直属の上司のことをシヴァはこれでもそれなりに評価していて、後が怖いので少なくとも必要以上にマイナスの印象を与えることだけは避けたかった。これ以上マイナスされようがあるのかどうかはともかく。 「あー……うっとーしい。さっさと終わらせてさっさと帰ったる」 心の底から面倒くさそうに舌打ちすると、シヴァはファイルに記されていた依頼人との待ち合わせ場所へ向かって歩き出した。 − 惑星異聞【白】 1-8 − |
サハスという通称で知られているフォレスティの第一街区には、待ち合わせ場所としてよく使われている市街公園の中央広場がある。中央広場とはいっても噴水があるだけでさほど広い場所でも目立つ場所でもなかったが、環境柄なのかお気楽な気質を持っていることが多いフォレスティの住人たちにとっては十分集まりやすい場所となっていた。 そんな穏やかな昼下がりの噴水横に、どうにもそんな雰囲気にそぐわない仏頂面の青年が一人。 「……わかんねぇじゃんよ」 シヴァだ。 物は壊すし記憶力には欠けているしと基本的に乱雑なシヴァだが、方向感覚は優れている。迷うこともせずスムーズに依頼人との合流場所へたどり着いたのはいいが、ここでひとつ問題が発生していた。依頼人の顔を、まったく覚えていなかったのだ。 もちろん、上司であるアレーンはそのデータをきちんとシヴァに渡している。データが収められたディスクそのものを確認しないかもしれない可能性も考慮したのか、依頼人の顔画像をプリントアウトまでしてファイルと一緒に手渡していた。ただ、それをシヴァがまったく見ていなかっただけだ。依頼の概要だけは確認したものの、日頃はパートナーに任せっぱなしにしている依頼人の顔を確認しておくという手順そのものを、シヴァはきれいさっぱり忘れ去っていた。 それに、たった今気がついたのだ。しかも気がついた時にはすでに遅く、ファイルやデータ一式はまとめてメトロのステーションに置いてきてしまった。取りに行けばいい話ではあるが、待ち合わせの時間も目前だ。それに、いちいち戻るのもまた面倒くさい。どちらが切実な理由かといえば、シヴァにとっては後者だろう。 「まァ……向こうがわかってんだろ、きっと。ったく、めんどくせぇ」 分かっていなかったらどうするのか? そんなことは微塵も考えずに、シヴァは噴水を取り囲む石造りの段差へと乱暴に座り込む。何かにつけスムーズに進まないが、どう考えても自分が悪いので責任転嫁のしようもない。 せめて八つ当たりをしようと苛立たしげに地面を蹴り飛ばしたその時、着ていた革のジャケットを後ろに引っぱられてシヴァは情けなくもバランスを崩した。 − 惑星異聞【白】 1-9 − |
「うわッ」 別に、特別強い力で引っぱられたわけではない。普段であれば意にも介さないような軽い力だったのだが、たまたま重心が逆に傾いていたせいで声をあげる羽目になった。 それにしても、わざわざこんなタイミングでジャケットを引っぱったのはどこの誰だというのか。八つ当たりすら不発に終わったことにむかっ腹を立てたシヴァは当然それをそのまま胸に秘めておくような性格はしていなかった。 「なんだっつーんだよ! オレになんか用だっつのか、違うとか言いやがったら……あん?」 地面に足をバランスを取り、その勢いのまま後ろを振り返ってみれば。 「……えと?」 そこには、まったく見覚えのない白い髪、濃い緑の瞳の女の子がいた。……しかもシヴァのジャケットを握りしめたまま、膝まで噴水の水に漬かって。 彼女はシヴァの顔を見つめると何度か瞬きを繰り返し、ゆっくりと首を傾げる。そして、ぱあっと晴れやかな笑顔を見せた。 「あのね、こんにちは」 「……おう」 あまりに嬉しそうに挨拶をされてしまったせいで毒気が抜けたのか、拍子抜けしたような表情でシヴァが比較的まともな返事をする。そのちゃんと相手をする気があるのかないのかわからないような応対に、噴水の中の少女はもう一度シヴァのジャケットを引っぱった。 「ねえ、そうだよね?」 「なにがそーだって? つーか、誰だオマエ」 意味が、わからない。 そもそも、この少女は誰なのか。見た感じでは、15歳前後のどこにでもいそうな女の子だ。だが普通の女の子が不機嫌オーラを漂わせているシヴァに堂々と近付いてくるなんて、シヴァ本人も思っていない。あまり自覚はないが周りに散々言われ続けたせいで、さすがにそれくらいは覚えている。それじゃなくても外見印象が怖いシヴァが不機嫌だと、とにかくあまり近寄りたくない雰囲気が漂うのだ。 それに、なぜ彼女は噴水の中にいるのだろう。幼児や児童といえる年齢の子供ならともかく、どう見ても目の前の少女はその程度の常識は持っているような歳に見える。 見えるだけで本当に持っているかは謎だが、とりあえずシヴァは最初に感じた疑問をストレートに口にしてみた。だが、返ってきた答えはこれまた首を傾げたくなるもので。 「うん。だれだろ?」 「だああッ」 まったく、話にならない。 このまま少女を放置してどこかへ逃げたい気分になったが、そこでふと思い出す。シヴァはこれでも一応、ここで仕事相手を待っている身なのだ。しかも、相手の顔すら知らない。つまり相手が見つけてくれるまでここから動けないということで、当然のことながらここで敵前逃亡を図るわけにはいかない。とはいえ、シヴァに名前も知らなければどうにも事情がありそうな目の前の少女と円滑な会話をすすめる能力は欠片もなかった。 「ねえ、ねえ?」 「あーもー、なんでもいいからオレにわかること話しやがれ」 「……えと?」 半分自棄になったシヴァのセリフに、少女がもう一度首を傾げる。それから数度瞬きをしたと思ったら、今度はふわふわと安心したような笑みを浮かべて大きく手を振った。 「リーン、こっち。こっちー」 「あ〜、いたいた。メイ、一人であんまあっちこっちフラフラしちゃダメって……あれ?」 声につられて振り返ると、少女に応えるかのように小柄な少年が小さく手を振っている。これまた見たことあるようなないような気がして複雑な気分になっていたシヴァだったが、近付いてきた彼が銀の髪をしていたことに気づいて小さく舌打ちした。自分をこんな状況にたたき込んだ張本人の狸上司も、見間違いようがないくらい見事な銀の髪を持っていたからだ。 そんな複雑なようで単純なシヴァの心中を、今やってきたばかりの少年が知るはずもない。いつの間にかすぐ側へとやってきた少年は、少女にジャケットを掴まれたまま仏頂面を披露する大男の姿を確認すると、納得したように頷いた。 「なんだ、メイが見つけてたんだね」 「うん。えらい?」 「まあね。でも、一人で出歩いちゃダメ」 「うー……」 しかめっ面を作って少女の頭を小突くと、少年はくるりとシヴァの方に向き直る。それからにこりと笑顔を浮かべた。 「メリー・ウィールのシヴァ・アーリンさんですよね? 初めまして、今回お仕事をお願いしたディー・リーンです。こっちが連れ……というか、迷子の張本人のメイ・ロウ。よろしくお願いします」 − 惑星異聞【白】 1-10 − |
「って……おまえらがかよ?」 『ナニ考えてやがる、あのぬらりひょん』 メイ・ロウと紹介された少女と、ディー・リーンと名乗った少年を見比べたシヴァは、心の中で諸悪の根元に向かって思いっきり毒づいた。 おそらく10代前半だろう少年と、その少年が仮保護者だというやはり10代半ばあたりの迷子の少女。彼らの前に立っている自分の姿を客観的に想像すると、どう考えても子供のお守りを押しつけられたようにしか思えない。 そして、そんなものを円満にこなせるような技術や適性をシヴァは持ちあわせていない。それはシヴァ自身も、そしてここにシヴァを派遣した上司もよく知っているはずなのだが、なぜこんなことになっているのか? 「はい、そうです。最初にデータはちゃんとお渡ししといたはずなんですけど……」 ガラにもなくアレーンが企んでいるであろうことを突き詰めようと考え始めたシヴァの耳にトーンの高い少年の声が聞こえてきて、シヴァはふと我に返った。 「あ? 見てねぇよ、んなモン」 「……はあ、なるほど。噂に違わず豪快な方ですね」 納得したかのように頷いて、ディー・リーンはひとつだけため息をつく。それを目にしたシヴァは、少しだけ彼の印象をプラス方向に修正した。送ったデータを見てもいないと告げられたことに気分を害した様子も見せず、ため息ひとつで済ませた依頼人は目の前にいる少年が初めてだったからだ。 だから、直接聞いてみることにした。 「どーゆーウワサだそりゃ……で、えーと、ディーだったっけか?」 「リーンでお願いします。みんなそう呼びますから」 「んじゃ、リーン。なんで、迷子捜しの依頼先がウチなんだ?」 そもそも迷子の身元探しなどという仕事が、なぜなんでも屋に等しいとはいえ軍情報部直属の組織なぞという物騒なところに回ってきたのか。八つ当たりが半分以上を占めるアレーンへの愚痴から転がり出てきた疑問ではあったが、私怨を別にしてもなにかがひっかかることには変わりがない。 何かある。だからシヴァも、すぐに答えが返ってくるとは思っていなかったのが。 「ああ、それはですね」 いきなりそんな疑問をぶつけられたリーンは、顔色ひとつ変えずにあっさりと言葉を継いだ。 「まず第一に、迷子のメイ本人に記憶がないんです。第二に、記憶喪失の可能性があるということで病院にいたこともあるんですが、諸般の事情ってやつですか? そのせいで、そこでメイの記憶が戻るまでのんびりもしてられなくなりまして」 「はァ?」 「とりあえず、こんな人が多いところで、しかも立って済ます話じゃないですよね。まあ、そういうあまり大きな声じゃ言えない事情があるんです。でもあなたに説明しないワケにもいきませんよね、というわけで。シヴァさん、移動しません?」 噴水にじゃれついてびしょびしょになっているメイにタオルを渡しながら、リーンはまるで天気の話でもするかのようにあっさりとそう告げると、とどめのように笑顔を見せる。反対する理由もなく惰性で頷いたシヴァは、頷いてからふと記憶の片隅になにかがひっかかったことに気づいた。 「おい」 「はい?」 「おまえ、どっかで会ったことなかったか?」 先刻の笑顔、どこかで見たことがあるような気がする。気がするだけで確信はまったくなかったし、大体いつどこで見たのかすら覚えてないが、記憶にひっかかったことだけは確かだった。 「いえ、僕には覚えがないですけど」 だが不思議そうに目を瞬かせてから首を傾げて考えるそぶりは見せたものの、リーンは首を振る。まったく確信もなかったから、シヴァもあっさりとそれで納得した。 「……そーか? んじゃ、勘違いだな」 「そうでしょうね、きっと。ああ、それに」 それでこの話題は終わりだと思ったのに。なにが面白いのかにこにこと邪気のない笑顔になって、リーンがぽんと手を打つ。 「世の中、同じ顔を持っている人は3人いるって言いますからね。自分と同じ顔の人を見ると命がない、とも言いますけど。シヴァさんは会ってみたかったりします?」 「ンなワケねぇだろ!」 その反応こそがあまり思い出したくない銀髪の狸上司に似ている気がして、シヴァはあれこれ考えることを放棄した。 − 惑星異聞【白】 1-11 − |
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