惑 星 異 聞 【 白 】


  「と、いうわけで。フォレスティ、いってらっしゃい。仕事をきちんと終わらせるまで帰ってこないようにねえ?」
「なーにーがー『と、いうわけで』なんだか、イチからオレにわかるよーに説明してみやがれぇっっ!」

 グライア連邦軍情報部直属特殊戦闘連隊本部司令官室、別名コマンダールームに響き渡ったそんな叫びもむなしく。
 その特殊戦闘連隊の一員であるシヴァ・アーリンは単身、ほぼなんの説明もされないままフォレスティ行きの専用シャトルへと押し込まれた。

− 惑星異聞【白】 1-1 −
 
 事の起こりは、数日前にまでさかのぼる。
 グライア連邦軍情報部直属特殊戦闘連隊長であるアレーン・シーファンは、悩んでいた。たとえその顔に何を考えているのかまったくわからない笑みが浮かんでいようと、悩んでいたのは確かなのだ。少なくとも、心から笑顔を披露したい気分というわけではなかった。
 そのアレーンの目の前には、一通の封書があった。その表書きには、今どきめずらしく自筆で「除隊願」と書かれている。
 これを置いていった部下の悲壮な表情を思い浮かべてしまうと、アレーンといえども深い深い溜め息をつかずにはいられなかったというわけだ。
「やれやれ……困ったものだねえ」
 声色を聞く限りでは、さほど困っているようには聞こえない。だが、そもそもアレーンが深い溜め息をつくこと自体が稀だった。彼をよく知っている人がこの光景を目にしたら、まず確実に自分の目を疑うだろう。それほど、珍しくも思い悩んだ様子だった。
 幸運にも、今それを目にした人物はいない。もしかしたら誰の姿もないからこそ、溜め息をついたのかもしれなかった。
 それでも笑顔は消さないまま、アレーンは除隊届けをつまみ上げる。必死の思いでこれを出しに来た元部下を責めるつもりは、ない。思えば、長くもったほうだ。
「3ヶ月か……奇跡に近いねえ。いやあ、喜んでる場合でもないけどね……」
 頭の隅に追いやっていたそれまでの事情を掘り返しつつ、アレーンはそう呟く。聞く者は誰もいなかったが、ため息をつかずにはいられなかったというのが正直なところだった。

− 惑星異聞【白】 1-2 −
 
 グライア連邦軍情報部直属特殊戦闘連隊、通称メリー・ウィール。この長い正式名称と妙に可愛らしい通称を持つ組織は、軍部の一組織であるにも関わらず独自の影響力を持ち、ある種治外法権ともいえる権力を持つ連邦政府の切り札だ。……といえば聞こえはいいが、実際のところ隊員の命の保証がされない単なるなんでも屋と化している。外敵の存在しないグライア文化圏において、そもそも軍隊という組織そのものがあまりせっぱ詰まった状況には置かれていないためだ。
 そして何にでも使える便利な組織であると同時に、ここは実力はあるが上司の手に負えない連中が送り込まれる問題児の吹き溜まりでもある。今、責任者であるアレーンが頭を悩ませているのは、その問題児の筆頭ともいえる人物のことだった。
 メリー・ウィールの実戦部隊員・通称コマンドは、2人一組でローテーションを組んで仕事をこなす。人数を集めて処理すればいいような仕事は何も特殊部隊に回す必要もないから、メリー・ウィールは少数精鋭が基本だ。だがいくら少数精鋭といっても単独任務は危険すぎる。その点2人であれば1人では見えないものも見えてくるし、お互いの苦手分野をフォローすることもできる。
 ……というのが、パートナー制を採用している建前の理由だ。本音の部分は、元々問題児の吹き溜まりであるメリー・ウィール、隊員をたった1人で野放しにしておくと何をやらかすかわからない、そこにあるらしい。コンビを組ませることで個性が豊かすぎる隊員たちに、お互いを牽制しあってもらう必要がある。そうでもしないと制御できない、というのが本当のところらしい。

− 惑星異聞【白】 1-3 −
 
 このような事情もあってコマンドたちは原則として2人一組での行動を義務づけられているのだが、今はその制度そのものがアレーンを悩ませていた。コマンドの中に、ひとり協調性が欠片もないどころかことごとくパートナーを辞職に追い込む問題児がいるためだ。
 もともと問題児の巣窟であるメリー・ウィールの中でも一際扱いに困るその人物の名前は、シヴァ・アーリンという。14歳で地上軍に志願入隊し、16歳でメリー・ウィールに転属になったシヴァは、功績だけを見ればエリートと評することもできた。少なくとも銃器や刀剣武器、戦闘車両の扱いは群を抜いて上手く、演習や実戦でも好成績を残している。
 ただ、自分の行動が周りに与える影響というものをまったく考慮しないせいか、挙げた功績に比べて出す損害が大きすぎるのだ。その損害には当然、建築物や備品といった物だけでなく、同僚や上司といった人的なものも含まれる。一般市民に害を与えておらず、ついでに死者も出していないのが奇跡だと言われているくらいだ。

− 惑星異聞【白】 1-4 −
 
 そして有能だが上司の手には負えないシヴァを地上軍からアレーンが引き取って約1年経つが、メリー・ウィールでシヴァのパートナーを務めた隊員は全員ここからいなくなっている。さきほど除隊願を置いていったのも、つい先日まではシヴァのパートナーだった。再起不能まではいかないが、シヴァのせいで片腕を失う大怪我を負う羽目に陥ったのだ。そのままメリー・ウィールの実戦部隊員としての任務を続けるのは肉体的にも無理だし、なによりも精神的にそんな気分になれないのは当然だろう。
 隊長であるアレーンも、いつかこんな結末を迎えるだろうことは最初から覚悟していた。妥当な結果ではあるのだが、今回はもしかしたらうまくいくかもしれないという希望を、少しとはいえ抱いていたのも本当だ。その僅かな期待を木っ端微塵に砕かれたことに落胆する余裕もなく、あの爆弾のような部下を制御するための次の方法を考えなければいけない方が頭が痛い。
 アレーンも、自分自身が乗り出すのがおそらく一番手っ取り早いことはわかっている。だが統括という立場にある以上、そういうわけにもいかない。そしてそんな面倒なことに自ら首を突っ込むのは、絶対にごめんだった。考える労力を放棄して終わりが見えない苦労を背負わされるよりは、正解を発見する確率がたとえ低くても人身御供を差し出す方法を選ぶ。
 とはいえさすがにここまで人的被害が続くと、周りもそうそう黙っていてはくれないだろう。それでなくても、ある種の特殊権限を持つメリー・ウィールというのは複雑な立場なのだ。少なくとも、連邦軍の中枢である統合作戦本部とはかなり仲が悪い。必要以上に目をつけられるわけにもいかなかった。
 当の問題児であるシヴァを切り捨てられれば話は早いのだが、少なくとも功績を挙げている以上そういうわけにもいかない。扱いは難しいが、軍隊に必要な要素であることも否定はできない。だからこそ上層部もこの問題児をアレーンに押しつけたのだ。なんとか制御しろ、と。
 今のところ制御にはことごとく失敗しているが、アレーンもそれを放棄するつもりはなかった。だが、やはりため息は出る。
「わたしもあの子は嫌いじゃないしねえ。誰か、いいストッパーになってくれる人は……おや?」
 ひとりごちながら端末を操作していたアレーンの手が、何かを見付けたのかふと止まった。

− 惑星異聞【白】 1-5 −
 
 それは、一通のメールだった。なんでも屋に等しいメリー・ウィールの統括であるアレーンのにとっては珍しくもなんともない、仕事の依頼について記されたメールだ。
 内容は、べつに目新しいものではない。アレーンの目を引いたのは、その差出人で。
「ああ……そうか、この手があったねえ」
 一気に悩みが解消されたせいか、アレーンの声が知らず知らずのうちに晴れやかなものになる。
「ものは試し、やってみるしかないか。どちらにしろ、今手が空いているのはシヴァしかいないしねえ……?」
 なんで手が空いているのかといえば、先述の通りコンビを組むべきパートナーがいなかったからなのだが。
 そんなことはもうどうでもよくなったのか、アレーンはいつも通りの底が見えない笑顔を浮かべつつ、星間通信の端末に手を伸ばした。


 その翌日、コマンダールームに呼び出されたシヴァはコマンドになってはじめて、本来であれば割り振られるはずのない単独任務を上司に押しつけられることになる。
「依頼の内容は迷子の親……というか身元探しかな。あと迷子本人の他に暫定保護者の依頼人がいるんだけれど、その依頼人がこの仕事中に限ってシヴァのサポートをやってくれるそうだよ。だから、今回はシヴァの単独任務ということでも許可がおりたわけだけれど……ただコマンドのパートナーとは違うから、くれぐれも怪我をさせたりはしないように」
 にこにことのんきにそんなことを言い放ったアレーンの顔を、シヴァはまじまじとと見つめてしまった。もちろん、呆れてだ。
 べつに、シヴァもそうなることを狙って破壊してはいけないものまで壊しまくっているわけでも、相棒を病院送りどころか再起不能にし続けているわけでもない。ついうっかりやりすぎて、さらに失敗を重ねても学習せず、何度始末書を書かされようと減俸されようとそれを改めようとしないだけだ。それだけでも十分お騒がせではあるが、とりあえず悪気はない。つまりまったく改善への自己努力はしていないにしても、シヴァにも一応自分を足枷もないまま単独で放置したらまずいのではないか、ということはわかっている。なにしろ、シヴァは自分の自制心というものをいちばん信用していない。
「オイ待てよ、何考えてやがるこのタヌキ。オレにンなことできっこねぇだろ!」
「ああ大丈夫、そのあたりはさほどきみには期待していないからねえ。まあ、でも一応言うだけは言っておかないとあとで何を言われるかわからないし」
 誰に何を言われるのかわからないが、そんなミもフタもないことを口にしたアレーンが手にしていたファイルをシヴァに押しつけた。
 そのファイルを条件反射で受け取ってしまったシヴァの姿を満足そうに見やると、アレーンは朗らかにわけがわかっていない仏頂面の部下の背中を押す。
「と、いうわけで。フォレスティ、いってらっしゃい。仕事をきちんと終わらせるまで帰ってこないようにねえ?」
「なーにーがー『と、いうわけで』なんだか、イチからオレにわかるよーに説明してみやがれぇっっ!」
 当の本人に説明する気がまるでない以上、それは虚しい咆吼にしかならなかった。

− 惑星異聞【白】 1-6 −
 
 第七領区ファルラックのフォレスティは、発達した科学文明と『魔法』と呼ばれる精神文明が同居する惑星グライアの南半球に位置する星諏(セイス)大陸にある一都市だ。樹海とも呼ばれるエルヴェール大森林沿いの集落が次第に大きくなっていった都市で、昔から変わらず樹海にへばりつくかのように存在している。常に自然の驚異にさらされ続けてきたこの都市の住人は、それゆえに自然と共存することを大切にしてきた。
 そのせいか、首都である珠苑樹(シュエンジュ)と比べるとかなりのどかな雰囲気が漂っている。すぐ背後にどこまでも続く緑の森が広がっているせいもあるだろうが、いちばんの違いはあまり高層の建築物がないということだった。
「……まー、おかげでうっかりビルにぶつけたりする心配はねぇけどな」
 何をうっかりビルにぶつけるつもりだったのかは知らないが、仏頂面でフォレスティの空港に降り立ったシヴァはそう呟いた。

− 惑星異聞【白】 1-7 −

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