□  夏の雨音  □

 

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 開け放した窓の側に座り込んで、ナリューシャは外を見ていた。

 この時間になると、さすがに道を行き交う人々も少なくなる。家に帰る者はとっくに家にたどり着いているだろうし、この街で夜を明かす者はもう今日の寝床を確保している頃だ。

 湿気を含んだ風が、真夜中の雨の到来を教えてくれる。そのまま窓際に座っていると、じきにポツ、ポツと雨が降りだした。

 真夏の雨は、生暖かい。まるで、体温のようだ。

 うたれても冷やされることのない雨が降る外へと手を伸ばし、ナリューシャは雨粒を手のひらに受けた。暖かさを感じる水は、まるで涙のようにも思えた。

 あっというまに、雨に濡れた衣服の袖が腕にはりつく。水を含んだ布の重さを感じながらも、ナリューシャはそこから動こうとしなかった。

 風が、彼女の他には誰もいない部屋の中に吹き込む。風と一緒に、雨も降り込んできた。雨に濡れた髪を払って、彼女は視線を俯かせる。

 その瞳には、誰か他の人がいるときには決して見せないナリューシャの素顔が覗いていた。いつのまにか誰にも見せることのなくなった、本当の自分。弱さを見せることを許されなかった少女は、さばさばとした明るさと勝ち気さという殻を作り出した。

 殻に気づいてくれたのは、黒髪の青年だけだった。でも、彼はその殻を取り除こうとはしない。なぜならその殻が無ければ、ナリューシャはここで生きることができなくなるからだ。

 そして彼女は、先刻口に出せなかった言葉を小さく呟く。

「それに……意味がないもの。あたしがそれをプレゼントしたい相手があんただなんて、どうせ思ってもないんでしょ……」

 

E N D
1998/8/26

 


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