− この闇の向こう −




← -2- / Fictional Document →

 

この闇の向こう-3-

 

「さやかちゃんは怪我はない?」

「・・・うん、霧島、くんが・・・、庇って、くれたから。」

自分では覚えてないけど、とっさにさやかちゃんを庇っていたらしい。だけど、僕の方は・・・

「ご、ごめん・・・なさい・・・私の、せいで・・・霧島くん、怪我、しちゃって・・・」

しゃくりあげるさやかちゃん。

「そんなことないよ。それよりさやかちゃんに怪我が無くてよかった・・・。」

胸の辺りが痛い。どうやら肋骨が折れたか、ひびがはいったか・・・。

それに右足に感覚がない。

・・・おまけに、なんだか息苦しいような気がする・・・気のせいかな・・・。

「参ったな・・・。助けが来るまで待つしかないか・・・。」

そう呟いた瞬間、再び振動が僕らを襲った・・・。

 

 

 

この混乱の中、ビルへと侵入するのは、僕らにとっては難しい事じゃない。だけど、エレベーターは当然動かない。ひたすら行けるところまで、階段を駆け登る。・・・5階・・・10階・・・14階・・・

だが、そこで僕らの足は止めざるを得なかった。

事故現場である最上階15階へ上がる階段の所で、レスキューらしい人達が崩れ落ちた瓦礫を撤去していたのだ。

しかし、少し撤去してもすぐに崩れ落ちてくるらしく、遅々として進んでない。

撤去する為に爆弾を仕掛けたらしいのだが、爆破の威力が小さかった為、まだまだ瓦礫を吹き飛ばすことはできなかったらしい。

その時、レスキュー隊員の一人の叫び声が、僕の耳に入る。

 

「おい!!急がないと現場が崩れ落ちるぞ!!」

 

崩れ落ちる・・・?どういう事だ!!

「どうやら、爆風で上の階が脆くなっているようだな。」

冗談じゃない!!もうこれ以上待てない!!

「おい!!なんだお前たちは!!」

いきなり現れた僕らに気付いたレスキュー隊員が怒鳴る。

「どいてくれっ!!」

隊員の人を何人か張り倒して前に出る。

「龍麻!何をするつもりだ!?」

如月が何か叫んでいるようだけど、僕の耳にはもう届いていない。

瓦礫の前に立ち、静かに目を閉じる。呼吸を整え、精神を研ぎ澄ます。

もうその時には外部の音は一切聞こえなくなる。

聞こえるのは、自分の心臓の鼓動と、呼吸音だけ。

やがて閉じた瞼の裏には光が溢れ、身体中には力が漲って来る。

自分では分からないけれど、僕の身体は黄金の光に包まれて輝き出す。

「な、なんだ!コイツは!」

「下がってください!!あなた方も巻き込まれますよ!!」

 

『秘拳・黄龍!!!』

 

僕の突き出した拳から、黄金の龍が舞い上がる。

瓦礫の山は、黄龍が突き当たった瞬間、まるで蒸発するかのように、消え去っていく・・・。

あたりに広がった光が消えた時には、崩れていた瓦礫は跡形もなく消滅していた。

「・・・信じられん・・・。」

誰かがぽつりと呟く。

その言葉を無視し、僕は瓦礫のなくなった階段を駆け登って行った。

 

 

「な、なに?」

不安そうにきょろきょろと見回すさやかちゃん。

何だか暑くて、苦しい。

だんだん意識が遠退いて行く。もしかして僕はこのまま・・・

だけどその時僕の耳へと、信じられない声が届く。

「霧島ーー!!」

た、龍麻先輩・・・?

 

『秘拳・鳳凰!!!』

 

崩れた入り口の瓦礫が、溶けたように消え去っていく。

「霧島!!!」

その中から現れた男の人・・・

「龍麻さん!!こっちです!!」

さやかちゃんが何か叫んでいるようだけど、もう僕の耳にはよく聞こえない。

「霧島・・・霧島・・・」

「龍麻さん、霧島くんを早く病院へ!!」

・・・そうか、きっとレスキューの人なんだ、この人は。・・・助けに来てくれた人が龍麻先輩に見えるなんて僕、本当に先輩の事が好きなんだな・・・。

先輩の幻に抱え上げられながら、何故かその腕の心地よさに僕の意識は静かな闇の中へと落ちて行った。

 

 

 

ベッドに横たわる、青白い顔。

・・・そうか・・・こんな気持ちだったんだ・・・

僕が柳生に切られた時、みんな心配してくれたのは嬉しかったけど、同時に大げさでうざったいなと思ってた。

だけど今僕の感じている想い・・・みんなあの時こんな気持ちだったのか・・・

「霧島・・・」

切なくて、苦しくて、胸が痛い・・・。もう二度とこの目が開かないんじゃないか、もう二度と僕の名を呼ぶ声を聞けないんじゃないか。

悪い予感だけがぐるぐると頭の中を駆け巡って・・・

「目を開けてよ・・・僕を見てよ・・・」

やっと、やっと気付いたのに。やっと心の闇から抜け出せたと思ったのに。

このままじゃまたあの闇へと沈んでしまう。

霧島の手を取り握る。今僕の心を繋ぎ止めているのは、この手の温もりだけ。

「もう一度言ってよ・・・」

僕を好きだって・・・

 

 

 

「ん・・・う・・・ん・・・。」

あ、あれ?僕ってどうなったんだっけ・・・?なんか先輩の幻を見たような・・・?

「!!霧島!!気が付いた!?」

え?せ、先輩の声?まだ僕は夢を見てるんだろうか・・・。

「せ・・・んぱい・・・?・・・ココは・・・?」

「ここは病院だよ。・・・よかった・・・ほんとによか・・・った・・・。」

「先輩・・・本当に先輩・・・?」

なんだか頭がぼーっとする。そんな僕を見て先輩の幻は顔を歪める。どうして・・・?そんな悲しそうな顔は見たくないのに・・・

「先輩・・・泣いてるんですか・・・?」

カーテンの隙間から差し込む薄明かりに、先輩の涙が光る。

「だって・・・だって・・・」

必死で嗚咽をこらえようとする先輩。

「泣かないで・・・下さい・・・」

僕はあなたを泣かせたいわけじゃない。いつも笑っていて欲しい。そう、たとえその笑顔が僕に向けられていなくても。

「言ってよ、霧島・・・。もう一度、もう一度僕を好きだって・・・。」

「せ・・・んぱ・・・い?」

「言ってよ・・・もう一度・・・。僕を、闇から連れ出してくれよ・・・。」

涙混じりで懇願する声。その声が胸に痛い・・・

「好き・・・です・・・あなただけが・・・。先輩・・・愛してます・・・。」

再び口にした僕の告白に、先輩の顔は泣き笑いへと表情を変える。

「僕も・・・僕も、霧島が好きだ・・・。」

・・・ああ・・・よかった・・・幻でもいい・・・こんな幸せな幻なら・・・

そうして僕の意識は、そんな幸せな幻を見ながら、もう一度眠りの中へと沈んで行った・・・

 

 

 

「・・・眠っちゃったのか・・・。」

好きです・・・愛してます・・・

霧島の声が、僕の胸の中でその言葉を繰り返す。

怖かったんだ・・・認めるのが。こんなにも霧島の事が好きになってたのに。

無理矢理抱かれて傷ついた、ちっぽけなプライドを必死に護ろうとした。

でもそのために、霧島だけじゃない、京一まで傷つけて・・・

「僕って、なんてバカなんだ・・・。」

本当に・・・本当に・・・

安らかな寝顔の霧島。

『その闇の向こうに何があるのか、知っているのは・・・、君自身だけなんだよ。』

壬生の言葉が胸によみがえる。

やっと見つけた僕の光・・・心の闇の向こうにあるもの・・・

京一に言おう。はっきりと、僕の気持ちを。

村雨にも謝ろう。如月と壬生にはお礼を言わなくちゃ。

そして・・・

「霧島・・・早く良くなってくれよ・・・。もっともっと話がしたいんだ。」

もっともっと、好きになりたいから・・・。

 

 

 

外の明るさに、意識が浮上して来る。

朝・・・? なんだかすごく幸せな夢を見ていたような気がする・・・。先輩が僕の事、好きだって・・・

夢が幸せな分、現実が苦しくて、胸の中が痛い。

瞼を開いた時、いつも見慣れた天井でないことに気付く。ここ・・・ドコだっけ?

目をこすろうと、右手を上げようとしたのに、動かない。な、なんで?

驚き、右手の方を見た僕は・・・

「せ、先輩・・・!?」

僕の右手を握り締めた先輩が、ベッドへと上半身を突っ伏して眠っている・・・

・・・ま、まさか、あれは・・・あれは夢・・・じゃない!?

僕の呼びかけに、先輩も目覚めたらしい。「うう・・・・ん」と唸ると起き上がる。僕が目覚めているのに気付き、微笑む。

「あ、霧島お早う。」

先輩のその笑顔・・・。僕が見たかったもの。何より欲しかったもの。

「先輩・・・夢じゃ・・・夢じゃないんですね・・・?」

「ゴメン、霧島。ずいぶん待たちゃったね・・・」

涙が溢れる・・・そんな僕を見て先輩は、優しい口付けを一つくれた。

 

 

「そッ、そうだッ!!さやかちゃ・・・はぁう!!」

そう叫びながら、僕は飛び起きる。だけど身体を襲った強烈な痛みに再びベッドへ崩れ落ちてしまった。

「き、霧島!!まだ寝てなきゃだめだろ!!お前、肋骨にひびが入ってるんだぞ!」

「せ、先輩。さやかちゃんは、さやかちゃんは・・・。」

さやかちゃんのことを今まで忘れてたなんて・・・

「ああ、さやかちゃんなら無事だよ。軽いすり傷を作った程度だ。お前が・・・お前が護ってたから・・・。」

「・・・よかった・・・。」

ほっとして、肩に入っていた力が抜ける。

「また、今日落ち着いたら、お見舞いに来るって言ってたから安心していいよ。」

そう続けた先輩の顔が、ふっ、と曇る。

「霧島は・・・、やっぱりさやかちゃんのことを好きなんじゃないのか・・・?」

「え?」

「いつも一緒で・・・仲もよくて・・・」

先輩の顔、なんだか拗ねてるような・・・?

「ひょっとして、先輩・・・嫉妬、してます?」

僕がそう聞くと、先輩は真っ赤になって、ぷいと横を向いてしまった。

か・・・かわいい・・・い、今動けない事が悔しすぎる!!

「・・・先輩・・・僕の言ったこと信じてないんですね・・・ショックです・・・。」

「き、霧島?」

先輩が慌てたように振り向く。

「先輩だけを愛してるって言ったのに・・・信じてもらえてないなんて・・・。」

顔を先輩から背け、泣きまねをしてみる。

「ご、ゴメン!!そんなつもりじゃないよ!!」

あたふたと弁解を始める先輩。

 

くすくすくす・・・。

 

「・・・き、霧島?・・・だ、だましたなーっ!!」

どうしても我慢できなくてつい、笑ってしまった。

「ずいぶんと待たせてくれたお返しですよ。」

にっこり笑って先輩に告げると、先輩は絶句してしまった。

 

早く退院しなきゃ・・・もっともっとあなたと見たい風景があるから。

失った今までを取り戻す為に・・・。

 

---初めて噛み合った二つの歯車が、ゆっくりと動き出していく---

 


Happy End

←虚構文書へ戻る