− この闇の向こう −
この闇の向こう-1-
「ひーちゃん、俺と・・・」
「ゴメン・・・京一・・・。僕は・・・」
はぁ・・・。
ため息が落ちる。
同時にノートの上を滑らせていた、シャープペンシルの動きも止まった。
何故だろう。嬉しかったはずだ。京一に「俺と一緒に中国へ行こう」、そう誘われて。でも、僕の口から出た言葉は・・・
「僕は・・・一緒には行けない・・・」だった。
最後の闘いから一月あまり。高校卒業までもうすぐ・・・。
今日は日曜で、目前に迫った入試の為に、家で受験勉強をしていた。
なのに今、僕の頭を占めているのは・・・
ふと振り返り、ベッドを見る。
聖夜の夜、この上で自分は・・・。
思わず頭にあの夜の情景が浮かびあがり、僕は頭を振って追い出そうとする。
・・・何考えてるんだ、僕は・・・。
あの夜、全てに決着が付くまで待ってほしい、そう霧島に告げた。なのに、僕の心は、まだなにも結論を出していなかった。
京一の事・・・霧島の事・・・。もう頭の中はぐちゃぐちゃで、自分がどうしたらいいのかまったく分からない・・・。
・・・どうしよう・・・・・・はぁ・・・。
もう今日何度目になるのか、覚えてないため息が、部屋へと響き渡った。
はぁ・・・。
窓の外を眺めていたら、何故か龍麻先輩の顔が浮かび上がって・・・。
僕は自分でも気がつかないうちに、ため息を漏らしていた。
「なぁに?霧島くん。また龍麻さんのこと、考えてるの?」
「さやかちゃん・・・。」
僕とさやかちゃんは、雑誌のインタビューとグラビア撮影が行われるホテルへと移動する、車の中にいた。
今は信号待ちをしているところだ。
「待つ・・・、って言っちゃったんだ。だけどもうあれから一月たって・・・なのに先輩からは何も連絡なくて・・・。」
さやかちゃんには、僕と龍麻先輩の事を全部話した。瞬間、ちょっと寂しそうな顔をしたけど、すぐに自分の事の様に喜んでくれた。
『早く私も、霧島くんみたいな恋がしたいな。』
そう言って・・・。
「ほ、ほら。龍麻さん、今度は受験があるんでしょ?勉強で忙しいと思うし・・・。それまではやっぱり待ってあげなきゃ。ねッ?」
さやかちゃんは一生懸命、僕を励ましてくれる。
「大丈夫よ!霧島くんのことは、私が保証するわ!・・・絶対龍麻さんも好きになってくれるって思うわ。」
「・・・うん。ありがとう、さやかちゃん。」
「ううん、いいの。だって私たち、お友達じゃない。」
信号が変わり、再び車が動き出す。
・・・だけど・・・・・・はぁ・・・。
流れる窓の外をぼんやりと眺めながら、今度は心の中でそっとため息をついた。さやかちゃんに聞かれないように・・・。
電話が鳴った。誰からだろう?
闘いがあった頃はそうでもなかったけど、普段はこんな時間に電話なんて珍しい。
「はい、緋勇です。・・・ああ、なんだ、村雨か。うん、今勉強してたとこ。・・・え?・・・電話じゃダメなのか?・・・うーん。・・・うん、わかった。じゃあこれから出るよ。・・・うん、じゃあね。」
電話の相手は、村雨だった。僕に話があるから家に来て欲しいというのだ。
電話で話せない事って・・・なんだろう?
セーターの上からジャケットをはおり、玄関を出る。外は抜けるような青空。寒いな・・・。
・・・少しは気がまぎれるといいけど・・・。
無意識にそう呟きながら、僕は村雨の家へと向かって行った。
さやかちゃんが仕事の間は、僕には何もすることがない。仕方がないので、一人最上階にあるラウンジで、コーヒーを飲んでいた。
だけど、一人になると龍麻先輩の事ばかり思い出してしまって・・・。
あれから、何度か先輩に会いに行った。だけど・・・
『・・・ひーちゃんなら委員会にでなきゃならねェとかで、・・・悪いって・・・』
『ごめんなさい。龍麻は、今日は図書館に行くからって、もう帰ってしまったの。』
いつも何かしら用事があるとかで、先輩には会う事が出来なかった。
・・・やっぱり避けられてるのかな・・・?
胸が痛い・・・。締めつけられて・・・身動きが取れない・・・。
・・・先輩・・・龍麻先輩に会いたい・・・。
チャイムを押してしばらく待つ。ガチャリ、と音を立てドアを開けた村雨は、どことなく不機嫌そうだった。
「なんだよ、話って?」
「・・・まァ、玄関先で立ち話もなんだ。あがれや、先生。」
靴を脱ぎ、部屋へと足を踏み入れた時、僕の目に入ったものは、床に散らばった酒ビンと洋服と・・・
「・・・どういうことだよ、村雨!!」
「どういうこともないさ、見たままだろうが。」
ベッドでぐったりとなって眠る京一。その肌に残るいくつもの赤い痕・・・。何があったのかは、分かり過ぎるほどに分かってしまった。
「昨夜遅くに突然押しかけて来やがって、あんまりうだうだ言うからな。・・・どうやら先生に振られたのが、よっぽどショックだったらしいな。」
「なっ!!」
僕の所為だって言うのか!!
「なァ、先生。あんたは一体どうしてェんだ?」
「どうって・・・、どういうことだよ!?」
村雨の視線が、僕を追い詰める。
「コイツは、はっきり言やァ、単純で馬鹿正直なヤツだ。先生がどうしてェか、何で断るのか、はっきり言ってりゃここまで潰れるような事はなかったはずだ。」
「・・・・・・。」
「ただ断られた、理由は分からねェ。それじゃコイツがあまりにも可哀想ってもんだぜ。」
僕はもうその村雨のセリフを、ほとんど聞いていなかった。
逃げ出したのだ。
「霧島くん、ゴメンね。やっと終わったの。」
ラウンジへとさやかちゃんが駆け込んで来る。
「そっか。えーっと、次のお仕事はどこでだっけ?」
お客さんの何人かが、チラチラとこっちを盗み見ている。
・・・きっと僕の事、さやかちゃんの恋人なんだろうか?って思ってるんだろうな・・・。
「じゃあ、そろそろ行きましょ?マネージャーさんが下で待ってるから。」
さやかちゃんが僕の腕を取り、歩き出したその瞬間・・・
『ドガーーーーンッッッッ!!!!!!』
「キャァーーーーーッッッ!!!」
耳をつんざくような衝撃音と、さやかちゃんの悲鳴が、意識を失う前、真っ白になって行く僕の頭に響いた最後の音だった・・・。