「歳の差を考えろ」

「自分がいくつだと思っているんだ」

 

 いつも思うけれど、ロテールからだけは聞きたくないセリフだと思う。

 

 

球体の奏でる歌

 

Ellie

 

 物心ついたときから、どこか変わった家族だと知ってはいた。

 でもそれは自分の感覚がそう告げたというよりは、わたしにいろいろと外の世界のことを教えてくれた黒翠の聖騎士の受け売りに近かったような気がする。

 もっとも、わたしには世間一般の家族がどういったものかという知識自体があまりない。理由は簡単で、世間一般の家族に接した経験がないから。

 もともと隔離された環境で育ったわたしにとっては、父様と母様だけが世界のすべてだった。父様と母様のお仕事関係の人はしょっちゅう家に来ていたけど、同じ歳くらいの子供なんかには会ったこともなかった。

 だから……本当はずっと、知らなかったのだ。初めて、街に連れていってもらうまで。

 普通の家族の姿なんていうものは。

 

 

「こら、エリー! 聞いてるのかっ!?」

「ああもうっ、なんでそんなにしつこいのよ!? あんまりうるさくしてるとレンに捨てられるわよ!」

 とりあえずこう言っておけば、しばらくロテールのお小言は止む。

 その効果といったら、呆れるくらい絶大だ。ふたりが結婚(と言い切るのもやや語弊があるような気はするけど)してからもう10年以上たっているというのに、こうまで威力を発揮されるとなんだかノロけられてる気分になってくるからやってられない。

 そのまま何歩か歩いてはみたけれど、結局ぴたりと口を閉ざしたロテールが気になって立ち止まってしまった。

 外見だけは親子というより、すでに兄妹みたいになってしまった父親の姿を横目で見てみる。言いたいことはたくさんあるのに、わたしに投げつけられた爆弾のせいで言葉にはならないらしい。金魚みたいに口をぱくぱくさせていたと思ったら、ふいに諦めたように肩を落としてしまった。

 そこまであからさまに落胆されると、少し良心が痛む。

 別に、ロテールが嫌いなわけじゃない。どちらかというと、かなり好きなはずだ。少々親バカのきらいはあるけれど、愛してくれてるのは知っている。わたしを心配してくれているから、あれこれうるさいのもわかっている。

 ただ、たまに窮屈になるだけだ。

 たぶんわたしが生まれたときから変わっていないロテールの外見を眺めて、気づかれないようにため息をついた。

 こうまで手をかけて手元に置いている相手を、そうそうレンが手放すとも思えない。きっと不安になっているのはロテールだけに違いないと心の中で確信しながら背伸びをして、俯くロテールの頬にキスしてみせた。

 唐突なわたしの行動に驚いたのか、ロテールが目を丸くしてこちらを見つめている。なんだかそんな姿を見ていると、わたしがロテールをいじめているみたいな気になってくるから困る。

 あ、でも、うん、あながち間違ってもいないのかもしれない。

 レンも言ってたけど、ロテールは本当にいじめがいのある性格をしてるから。

「エリー?」

「いちいちエリーの八つ当たり、真剣に取らないでよ。レンがロテールを捨てるわけないじゃない」

 別に、娘に邪険にされて落ち込んでるロテールを慰めようと思って言ったわけじゃない。これが、本音。それに、たぶん事実。

 気づいてないのは、きっとロテールくらいだ。

「そんなふうにいつまでもレンのこと疑ってたら、またいじめられるわよ。言いつけちゃおっかなあ」

「い、言わなくていいっ!」

「……だから、エリー相手にノロけてどうするのよ」

「ノロけてなんか……」

 真っ赤になって言い募っても、あんまり説得力はないと思うの、お父様。

 つい口をついて出そうになったセリフを言わなかったのは、頭の中に聞き慣れた声が響いたからだ。

 笑みを含んだ、穏やかな声。物心つく前から、ずっと聞いて育った声。

 ――あんまりロテールをからかうんじゃないよ、エリー……

 ――だってレン、「からかってくれ」ってネタを持ち出したのはロテールよ?

 ――墓穴を掘るのが得意だからね、あの子は。それより、そんなところで油を売ってていいのかい?

 ――よくないけど……ロテールをなんとかしないと、このままじゃどこにも行けないじゃない

 伝えようとする言葉を脳裏に浮かべれば、それをレンが読みとってくれる。遠話の魔法というらしいけど、詳しいことはよく知らない。今のアルバレアではすでに廃れてしまった魔法で、精神の領域に踏み込むことから闇の魔法に系統づけされていたそうだ。

 だから、ちゃんと使いこなせるのはレンしかいないらしい。わたしはレンの血を引いてるから少しは闇の魔法も使えるけど、意志を伝えるために言葉として形づくることくらいしかできない。だから、この遠話の魔法はレンとの間でしか使えない。

 これは、ロテールには内緒のことだ。レンとわたしがこそこそ遠話で話してるなんてことを知ったら、きっとしばらく手がつけられないほど拗ねるに決まってるから。

 もちろん、そう言ってわたしに沈黙を守らせたのはレンだ。

 ――そこでからかって遊んでるから、よけい足が止まるんだよ。ロテールが慌ててるうちにさっさとお行き、あとは俺がフォローしておいてあげるから

 ――ホント? じゃあ、よろしくね。あ、でも、またあることないこと吹き込むのはダメよ!

 ――了解。いっておいで

 クスクスと笑う声までが脳裏に響く。ちょっとだけ悔しい気分だけど、それでもこのチャンスを逃すのはもったいない。まだ顔を赤くしたままあれこれ言い訳をしているロテールのほうにちらりと視線を送って、ひとつ深呼吸をした。

 そろそろと、後ろ向きのまま出口の方への向かう。ちょうどいいタイミングで、塔の中で飼っている子猫がロテールの足下にすり寄った。……たぶん、レンがこっそり向かわせてくれたんだろう。

 一瞬、ロテールの意識がそちらへ向いたようだ。もちろんその隙を逃さずに、わたしは身を翻して出口へと駆け出した。

 背中に、我に返ったロテールの怒声が響く。

「こ……こらっ、エリー! 話はまだ終わってない!」

「これ以上時間潰してたら、待ち合わせに遅れちゃうもん!」

 走りながらもつい応えを返してしまうのは、黙ってロテールの説教を聞いていられるような性分じゃないからだ。

「だから、あいつはやめておけってあれほど言ってるだろうが!」

「レンはいいって言ったもん! それに、ロテールには関係ないじゃない!」

「関係ある! 俺は、おまえの父親だ! 大体、20歳も年上の男との交際を認める父親がどこにいる!? 自分の歳を考えろ!」

「13歳よっ、悪いっっ!? それに、年齢云々についてロテールにだけは言われたくないって何度も言ったでしょ!」

 走りながら叫び続けていたせいか、いつもより息が切れるのがはやい。そろそろ真剣に走るほうに専念しないと追いつかれるかと思ったところで、ようやく塔の外へと出られる扉が見えてきた。

 扉に力づけられるように広間を突っ切り、派手な音を立てて扉を開ける。そのまま切り取られた空間を駆け抜け、たたきつけるように扉を閉めた。

 蓋となった扉に背を預けて、口の中で小さく呪文を唱える。ドアをロックするための魔法だ。その場しのぎでかけた雑な魔法なので簡単に解除されてしまうとは思うが、ないよりはマシである。気が向けば、レンが補強してくれるだろう。

 とりあえず扉が開かないことを確認して、ほっと息をつく。そのまま走りだそうとして、ふと足を止めた。

 そして、小声で呟く。

「……ごめんなさい、ロテール」

 たぶん、聞こえてはいないと思うけど。

 ――ふふ……素直じゃないよね、ふたりとも。謝るくらいなら、最初からそんなことしなければいいのに

 おかしくてたまらないとでも言いたげなレンの声が聞こえてきたけど、敢えてそれは無視して今度こそ走り出した。

 

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