『ごめんなさい・・・』

そう告げて走り去って行った『彼女』。

その時やっと気付いた。自分がどれだけ愚かなのか・・・。

 

 

「ちッ、まったくヤんなるな。」

こんな日に雨ってのもよ・・・。

今日はクリスマス・イブとかで、街中にハデな飾りつけがびかびか付けられてる。そんな日、てェのに雨に振られたカップルがこの茶店にも大勢雨宿りしている。

ま、俺にゃ、関係ねェことだがな。

・・・それにしても冬の雨・・・か・・・。

ぼんやりと窓の外の雨を見ていた俺の脳裏に、一人の男の顔が浮かぶ。

いつも笑ってるくせに、その笑顔は妙に俺を不安にさせる。

そう、儚げ・・・まるで霧の中を歩いているような、そんな気分。

「先生・・・。あんたは、何を見ている?何を考えている?」

先生・・・あんたは、冬の雨に似ているよ・・・。

 

 

いつまでも、茶店に居座っててもしょうがねェ。俺は雨の中家へと走りぬける為、店を出た。

思った以上に、大気は冷たい。

・・・こりゃァ、雪になるか・・・?

だが、駆け抜けるその俺の足は、駅前のツリー目前で止まる。

「せ、先生ッ!?あんた、いったいこんなところでどうした!?」

その、周りにゃ誰もいねェ広場のまん前で、先生がぽつんと突っ立っていた。

「祇孔・・・?」

ぼんやりと俺を見上げてくる顔。まるで生気がねェ。

「あんた、確か今日退院したばかりだろうがッ!?なんでこんなところに・・・。」

全身ずぶ濡れで、もう体中も冷え切っている。

「チッ、しゃあねェ。俺んちに行くぜ。ほらッ。」

まだぼーっとしている先生を無理矢理引っ張り、俺は自分の部屋へと向かった。

 

 

明かりを付け、先生を部屋へ引っ張り上げる。

まずは、風呂だ。暖めなきゃならねェ。

バスルームへと先生を連れ込み、服を剥ぎとる。

チッ、こんな時じゃなきゃもっと楽しめるんだがな・・・。

我ながら不届きな事を考えながら、シャワーのコックを捻る。

サァーーーー

流れる水に、湯気が混じり出すと、俺は先生の頭から掛けてやる。

・・・一体なんだってんだ・・・こんな先生は始めてだぜ・・・

駅前で会ってからここまで、まったくの無抵抗。全てを俺に任せっきりで。

その時俺は、自分の手にかかる暖かいお湯に、俺自身もずいぶん冷えていたことに気付く。

「ああ、面倒くせェ。」

そう、呟き、俺は服を脱ぎ、自分も一緒にお湯を被る。

狭いバスルームの中、ヤローが二人裸ってのも、普通なら寒いよな。

そんなバカな事を考えた時、先生の肩が震えている事に気付いた。

「せ、先生、どうした?」

「うっ・・・う・・・」

「・・・泣いて・・・んの・・・か?」

訳のわからねェ俺は、先生を抱きかかえたまま、部屋へと戻った。

 

 

「ほら、燗つけたから、飲んどいた方があったまるぜ。」

バスローブにくるみ、ベッドに座り込ませたコップを渡すと、先生はまだ少ししゃくりあげながらも、素直に受け取った。

「本当に・・・いったいどうしちまったってんだ。」

先生の隣へと座り問いかけてみる。

「・・・僕は・・・卑怯なんだ・・・。」

ちびりと酒を口にしながら呟く。

はァ?

な、何言い出すんだ、こいつは・・・

「今日、退院する前京一が来たんだ、病室に。・・・『今日はクリスマスなんだから誰か女の子誘え』って。だから、俺は『彼女』を呼び出してもらった。」

『彼女』・・・といやァ、先生と仲良かったあの姐さんの事か・・・?

「だけど、やってきた『彼女』に『ごめんなさい』って言われて、始めて気がついた。・・・僕は別に『彼女』が好きだった訳じゃないんだ。ただ・・・、ただ慰めて欲しかっただけなんだ。」

「・・・・・・。」

「自分の部屋へ帰って、一人で過ごすのが恐かった。またあの闇に・・・、真っ暗闇に捕われそうな気がしたから・・・。だから『彼女』を利用しようとしたんだ。」

・・・まったく・・・、女ってのは容赦ねェな。あの姐さん気付いたんだな、先生が自分の事好きじゃねェって事に・・・。

「んで、先生は振られちまったショックで、雨ん中突っ立ってたってワケか・・・?あんたって意外とバカだったんだな。」

俺の言い様にキッと顔を上げ睨む先生。・・・そう、その顔の方がいつもらしくて助かる。

「もしも、だ。先生があのまま突っ立ってて肺炎でも起こして、病院帰りでもしてみろ。その姐さんがどんな思いすると思ってんだ。」

俺の言葉に先生はハッとなる。・・・やっぱり気付いてなかったか。

「まったく、悪いクセだな。なんでもかんでも一人で追い詰めちまって・・・。」

ふぅ・・・。

俺がため息を一つ、深く落とすと先生は再び涙をこぼし始めた。

・・・こんな風に泣かせたいワケじゃねェんだがな。

同じ泣かせるのなら・・・。

先生の手からコップを取り、サイドボードへと置く。

そうして俯き、泣き続ける先生の顎へと手をかける。口付けは涙の味。

「慰めて欲しいんなら、俺にしときな・・・。」

ベッドへと身体を沈みこませ、首筋へ舌を這わせながら囁く。

いつのまにか外の雨は雪へと変わっていた・・・。

 

 

行為後の気怠さからか、ゆっくりと身を起こす先生は、今まで夜を共にしたどんな女よりも艶やかだ。

「祇孔・・・。ゴメン・・・。」

その濡れた黒い瞳に、また涙が溢れている。

「先生が謝る必要はねェさ。つけ込んだのは俺の方だしな。」

「ゴメン・・・本当にゴメン・・・」

うなだれる、そんな先生の細い身体をそっと引き寄せ、俺は告げる。

「・・・そうだな。一つ約束してくれたら許してやるよ。」

「え!?」

窓の外の雪。出来る事なら・・・。

「来年もこの部屋で、こうして俺と雪を見るって約束してくれたらな。」

「・・・来年も、って・・・来年雪が降るかどうかわからないのに?」

涙声でくすくすと笑う先生。いつもの、あの儚げな笑顔でなく、心が芯から温かくなるような。

「降るさ・・・来年もな。」

そう、俺は運がイイんだぜ?

そう呟いた俺に向けて、先生は微かに頷いた・・・。

 


<虚構文書>