惑 星 異 聞 【 白 】


 
「つまり、どーしろって?」
 わからないことは聞くに限る。コマンドである以上は素人である依頼人に弱味を見せられない、などという思考はシヴァにはない。そんなプライドにこだわるつもりはないというよりは、今までそんなことを考えなければいけない立場になったことがなかった。
 そんな考えるのが面倒だと言わんばかりのシヴァの声色に、なぜかリーンがにっこりと笑う。
「そうですね。かなりはた迷惑な話になりますけど」
 リーンには、なにか考えがあるようだった。
 そういえば、とシヴァは思い出す。パートナー不在ままこの任務につくことになったシヴァのサポートは、依頼人が務めてくれるとアレーンが言っていた。
 このどう見ても十代前半にしか見えない子供がサポート担当なのかと思うと、さすがのシヴァも少しばかり頭が痛くなる。だが、シヴァよりは頭脳労働に向いているのかもしれない。
 正直なところ、使い慣れていない頭を使わなくてすむならシヴァはなんでもよかった。だから尋ねはしたものの、あまり真剣にリーンの言葉を聞くつもりはなかったのだ。
 だが。
「ここで相手が動きを見せるのを、待つしかないんじゃないですか?」
 つまり、このホテルが襲撃されるまで待て、と。
 かわいらしい笑顔のまま、リーンははっきりとそう口にした。
「餌は撒いておきました。そのうち、食いついてくると思いますよ」
「つーか、エサって」
 今まででいちばん、嫌な予感がする。依頼人たちに怪我をさせないようにと、期待してなさげにアレーンから言われた注意が、シヴァの脳裏で反響している。
 話半分に聞き流すつもりが、それどころではなくなっていた。
「メイと僕ですけどね。なんせ今までになく堂々と、このホテルに入ってきましたから」
 事の重大さを理解していないわけではないだろうに、リーンの表情も声も明るい。
 そして予想通りだった返答に顔をひきつらせながら、シヴァは床を踏み抜く勢いでソファから立ち上がった。

− 惑星異聞【白】 2-3 −
 
「だああっ、ンなトコでのほーんとしてる場合じゃねーじゃんか!」
 守るべき対象が己を囮にしていたという事実は、まあいい。常識的に考えるとまったくよくないが、守るべき対象をシヴァ自身が囮として使ったことは過去何度かある。特に怪我をさせたりしたわけではないが、当然その後シヴァは減俸処分をくらった。
「そうとも言いますね」
 なにやら大きめの紙を広げつつ平然とそう言い切った依頼人に、万が一のことがあってはならない。それは鉄則だ。同じコマンドのパートナーであれば怪我をさせようが少々いきすぎて再起不能に陥らせようが減俸で済むが、依頼人になにかあってはメリー・ウィールの信用にかかわる。そんなものがあるのかと問われるとシヴァには何も言えないし、そもそも仕事の相棒を再起不能にするのは減俸で済むような問題でもないのだが、とりあえずシヴァがこのままではまずいと危機感を覚えただけでも上出来だ。
 少なくともシヴァの目の前にいる少年は、根性はすわっているし度胸もかなりありそうではあったが、爆発に巻き込まれたときにケガひとつせずにすむほど頑丈にはとても見えなかった。

− 惑星異聞【白】 2-4 −
 
 後手に回るわけにはいかない。となれば、今すぐにでも動くしかない。
 そのまま反射的に、シヴァは踵を返す。向かう先は、ホテルのフロント。
 この広いホテル内、野生の勘で動くにも限界がある。詳細な見取り図を今すぐにでも手に入れる必要があった。
 それなのに。
「……ッ!?」
「落ち着いてください、シヴァさん。そんなに急いでどこへ行くんです?」
 片腕で、止められた。
 引き止められるなんて、思っていなかった。正確には、たとえ引き止められたところで自分の足が止まるはずがないと、シヴァはそう思っていた。
 なにを言われても聞く耳は持たないつもりだったし、手加減なしで飛び出した以上力ずくで止められるわけがない。シヴァが一目置いているあのアレーンですら、力ではシヴァに敵わないのだ。
 だが。
 幻覚でもなんでもなく今、リーンはその細い右腕一本で、シヴァの動きを止めている。
 ただ、シヴァの二の腕を軽く掴んでいるだけなのに。
「……おい」
「はい?」
「どーゆーコトなんだよ、コレは? 説明しやがれ。ありえねぇだろ、絶対」
「少しは人の話聞いてくださいってことですってば」
 目の前の小柄な少年が見せている笑顔は、問い詰めても崩れない。だが質問に素直に答える気はまったくないらしく、まったくもって思い通りに事態が進まないことにシヴァの苛立ちはますます募る。
 それでも、動けない。抗いようのない力が、シヴァをその場に縫い止めていた。
 そうなってしまうと、シヴァにできることは怒鳴ることだけだ。
「いーから手ぇ放せっての! モタモタしてるヒマはねぇんだ……あ?」
 そして、それも途中で力を失う。
 なぜなら。
「まあ、無理無茶無謀をあくまで貫き通すっていうのもたまにはいいんですけどね。どうせならマップくらい見ていったらどうですか?」
 リーンが、空いている方の腕を軽く振っている。
 その手によって掲げられている紙には、シヴァの目にもこのホテルの見取り図が描かれているように見えた。

− 惑星異聞【白】 2-5 −

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