− 子犬のワルツ −
流れるようなそのフォーム。鋭い突き。普段の穏やかな彼からは、とても想像つきにくいだろう好戦的な動き。だけど・・・奇麗だと思う。
歓声があがる。勝負が決まったのだ。ざわめく会場の中、僕はゆっくりと階下へと歩いて行った。
『先輩、絶対見に来て下さいねッ!』
嬉しそうに、僕に告げる笑顔。今の僕にとって、一番の宝物。
だけど、階下へと辿り着いた僕の目の前の彼は、大勢の女の子達に囲まれていて・・・。
手に手に、タオルやドリンクを持ち、少しでも印象づけようと必死になっている女の子。
こんな時、思ってしまう。---どうして僕なのか、と------
「あ、龍麻先輩ッ!見ていてくれましたか!?」
彼が、僕に気付き、駆け寄ってくる。後ろでは女の子たちが不満げにこちらを見ている。
「ああ、おめでとう。・・・いいのか?あの子達は。」
つい心にもない言葉が飛び出す。
「え?ああ、別に構いませんよ、単に同じ学校の子っていうだけですから。・・・先輩、それって・・・妬いてくれてるんですか?」
「ばっ、ばかやろう」
・・・多分、今僕の顔は真っ赤になってるに違いない。
「じゃあ、少し待っていてくれますか。着替えて来ますから、一緒に帰りましょう。」
嬉しそうに僕の顔を見つめていた後、彼・・・霧島は僕へとそっと告げた。
あの爆発事故から3週間。霧島の怪我は順調に回復し、今日のフェンシングの対抗試合に出場できるまでになっていた。
まだ1年生なのに試合に出れるなんて、強いんだなと感心してしまう。
顔立ちも奇麗に整っていて、スポーツ万能。その上真面目で礼儀正しい。
女の子にもモテるはずだよな・・・。
再び同じ疑問が胸に沸き上がる。
なんで、僕なんだろう・・・
さっきの女の子の中には、とてもかわいい子もいた。
とても僕が、あの女の子たちよりも魅力があるとは思えないのに。
「先輩ッ、お待たせしました!・・・どうしたんですか?」
駆け寄って来た霧島は、暗い考えに沈んでいた僕へと、心配そうに声をかける。
「ううん、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけだから。・・・それより何か食べに行こう。今日ぐらいは僕が奢るから。」
そう、いつもは何かにつけて霧島は奢ろうとするのだ。なんとかワリカンにしてもらってるけど。
でも霧島はちょっと考えた後、僕に聞いて来る。
「んー、じゃあ僕、先輩の手料理が食べてみたいです。・・・ダメですか?」
「て、手料理?だけど僕あんまり料理得意じゃないよ。まあ、必要最低限くらいは出来るけど・・・。」
そんな風に、子犬のような瞳で見つめられると、イヤとは言えなくなる。
・・・もしかして分かっててやってるのかな?だとしたらちょっと卑怯だよな。
「なんでもいいです!先輩が作ってくれるなら、僕なんでも食べますからッ!!」
僕がそんなことを考えてるなんてきっと思わないだろう霧島は、にこにこと笑っている。
・・・ホントに子犬みたいなんだよなぁ。
内心でそっと溜め息をつき、材料の買い出しに、僕は霧島とスーパーへと向かった。
「お邪魔しますッ!!」
買って来た材料と、レシピの事をぶつぶつと考えていた僕へ、霧島がかけてきた挨拶は、瞬間僕にクリスマスの夜を思い出させた。
あの日以来、霧島がこの部屋に来るのは初めてだ。
思わずあの時の霧島の唇や手の感触がよみがえり、身体がカッと熱くなる。
な、何考えてんだ僕は・・・っ。
「と、とりあえず出来るまで、霧島は適当に座って待っててよ。」
頭の中の妄想を振り払い、霧島へ声をかけるが、霧島はどこか不満げな顔をしている。
「何?霧島。どうしたんだ。」
「先輩・・・。僕の事は『諸羽』って呼んでくれませんか?」
え、えぇ!?
「なんか名字で呼ばれてると、他人行儀みたいで・・・。これからは名前で呼んで下さい。」
そ、そんないきなり・・・。どうしよう。・・・でも、確かにそうだし・・・。
「うーん・・・じゃあ・・・諸・・・羽。」
う、うわー。何かものすごく恥ずかしい気がするのは何でだろう。
でも僕が呼びかけると、嬉しそうにまたあの目でじっと見つめて来る。
僕はどうしようもないくらい恥ずかしくて、ついキッチンへと逃げこんでしまった。
出来た夕食のメニューは、チキンオムライスと、温野菜のサラダ、それにポタージュのスープ。
大したものじゃないのに、霧島、い、いや諸羽はおいしそうに次々と平らげていく。
料理に対して最大の賛辞は、奇麗に全部食べる事って誰かが言ってたっけ。
お腹が空いていた事もあったせいか、僕の料理はあっというまに諸羽のお腹の中へと消えて行った。
「ご馳走様でした。とってもおいしかったです。」
「そう、良かった。これぐらいでよければいつでも作るよ。」
空になった食器を片づけるため、中腰になりながら何気なく言った言葉。なのに、
「えッ!?ほ、ホントですか!?嬉しいなァ。これからは先輩の手料理一杯食べれるんだ。あ、でもいつもご馳走になっちゃ悪いですね。じゃあ、今度からは食費出しますから。」
な、なに!?何でそうなるんだ?
「ちょ、ちょっと諸羽?」
「なんですか?先輩。」
ちょっと小首を傾げて見上げて来る姿は、とても可愛くて・・・。
「いや・・・なんでもない。」
僕は何も言えなくなってしまう。・・・ひょっ、ひょっとして・・・僕って諸羽にべた惚れしてるとか・・・?
動揺で早くなった僕の心臓の鼓動は、次の瞬間さらにスピードを上げる。諸羽の手が僕の手首を掴んだのだ。
「な、何?諸羽。」
ドクドクと、どんどん早くなっていく鼓動。視線が逸らせない。
「先輩。僕デザートが食べたいです。」
へ!?で、デザート?
デザートになるような物なにかあったっけ?
つい真面目に考えてしまった僕の腕が、ぐいっと引かれ、あっという間に僕は諸羽の腕の中へと収まってしまった。
「訂正。僕、デザートに先輩を食べたいです。」
掠めるような口付けの後、耳元でそっと囁かれた言葉。今の僕にイヤと言えるはずはなかった。
「あっ・・・いや・・・っ・・・も・・・だめ・・・」
身体中を執拗なまでに這い回る、しなやかな手、熱い濡れた唇。簡単に追い詰められていく僕。
「一杯感じて下さい、僕の事。今までの分も・・・。」
耳元へ濡れた音と共に入ってくる言葉。それだけでもどかしい程に身体が熱くなる。
「ひ・・・っ」
股間へと伸ばされた手が僕の分身を掴むと、苦しいくらいの快感に息が詰まる。
手、唇、囁き。全てが僕に触れる瞬間、快感へと変わっていく。
それ程までに諸羽の事が好きなのに、バカみたいに悩んでた自分がなんだか情けない。
ゆるく上下に擦られただけで、追い上げられた僕は、あっという間に諸羽の手を濡らしていた。
「ご・・・ゴメン・・・手・・・汚しちゃった・・・。」
「いいんですよ。先輩が一杯感じてくれて僕も嬉しいです。」
そういいながら諸羽は、僕の吐き出したもので濡れた手をぺろっと舐める。
「や、やめろよ。汚いぞ!」
「先輩のものが汚い訳ないじゃないですか。」
諸羽は、にこにこといつにもまして嬉しそうで、顔から火が出るくらい恥ずかしい。
思わず顔を背けた僕から、ふっと重みが消える。
「え!?何?」
振り向くと、諸羽は脱ぎ捨てた服のポケットを何か探していた。
「あ、あった。」
「な、何それ?」
諸羽の取り出したのは小さな瓶。一体なんに使う物なのか不安になる。
「え?これはローションですよ。この前は先輩に痛い思いさせちゃったから、今度はちゃんと用意したんです。」
ちょ、ちょっと待て。今度はちゃんと用意した・・・って・・・もしかして今日の事は計画的なのか!?
「僕、あれから一杯勉強したんですよ?いつチャンスがあってもいいようにいろいろ準備してたんです。」
じゅ、準備!? こ・・・こいつって・・・こんな奴だったのか・・・?
ひょっとして僕ってとんでもない奴、好きになっちゃったんじゃないだろうか?
僕が内心で葛藤している間にも諸羽は、身体を繋ぐための準備を着々と進めていく。
「んん・・・っ」
ローションを襞へと塗り込め、指を差し入れてくる。
前の時のような痛みは無いけれど、僅かに感じる不快感に背が粟立つ。
でもそれも少しの間。
すぐに僕の口からは止めようのない喘ぎが漏れ出し始める。
指が二本・・・三本と増やされる頃には、触れられてもいないのに、僕の股間は再び元の大きさを取り戻していた。
十分にほぐされた後ろから指が抜かれる。
次に来るのがなんなのか、分かってしまう身体は、無意識に身構えてしまう。
「先輩。固くならないで下さい。・・・優しくしますから・・・。」
「もろ・・・は・・・ぁ」
脚を抱えあげられ、尻の狭間に硬い物を感じる。
恐怖に身体をすくめる僕へ、諸羽はあやす様に優しい口付けをくれると、ゆっくりと僕の中へと入って来た。
「く・・・っ・・・う・・・」
じっくりと慣らされていたソコは、少しずつ入って来る諸羽を、容易に受け入れていく。
「先輩の中って、熱くって溶けちゃいそうです・・・。」
うっとりと囁かれ、ギュッと抱き締められて、身体の一番奥で諸羽を感じていると、僕の中の恐怖は、次第に快感へとすりかわって行く。
「先輩・・・動いてもいいですか?」
僕に気を使い、聞いて来る諸羽。そんな優しさが嬉しくて、僕はギュッと諸羽の背中に腕を回し、しがみ付く。
「好きに、していいよ。僕の全部、諸羽にあげるから・・・。」
「・・・先輩ッ!!・・・」
小さく叫んだ後、諸羽はゆっくり腰を動かし出す。だんだんと早くなるその動きに、僕の意識は翻弄され、真っ白な闇の中へと飲み込まれて行った。
「先輩ッ!先輩ッ!!大丈夫ですか!?」
ぺちぺち。
軽く頬を叩かれる感触に、僕の意識が浮上して来る。
「う・・・ん・・・あれ?僕は・・・?」
「よかった、先輩。気がついたんですねッ。」
・・・ひょっとして僕って・・・ヤってる最中に気を失っちゃった?
その上諸羽は、にこにこと、
「先輩。デザートもご馳走様でした。とってもおいしかったです。」
なんて、言って来て・・・。
どうしようもないくらいの恥ずかしさに胸がいっぱいになる。
だけど、羞恥で身体中が真っ赤になってしまった僕を、諸羽は優しく抱き締めてくれる。
「先輩、僕嬉しいです。先輩とこうやって同じ時間を過ごすことが出来て・・・。」
「諸羽・・・。」
暖かい胸の中。とっても居心地が良くて・・・。
その暖かさを失う事が恐いはずなのに、思わず聞いてしまう。
「・・・どうして僕なんだ・・・?」
「え?」
「嫉妬とかじゃない。諸羽って女の子にも一杯モテてるだろ。僕は男だし、性格だって可愛くないし。諸羽にならもっともっと相応しい子がいるんじゃないか・・・?」
そう、不安なんだ。どうせ失うなら早い方がいいなんてバカなこと考えて・・・。
でもそんな僕を、諸羽は睨みつける。
「先輩、僕怒りますよ。僕は先輩がいいんです。始めて見た時から、ずっと・・・。」
ふぅ、と溜め息をひとつついたあと、諸羽は続ける。
「それに、そういうことなら、僕だって不安なんですよ。たまたま僕が一番最初に先輩を手に入れることが出来たっていうだけで、もっと先輩に相応しい人が後から現れて、先輩を連れてっちゃうんじゃないかと思って・・・。」
同じ不安。そうなんだ、僕達は同じ不安を抱えて今ここにいるんだ。
「でも僕、たとえそんな人が現れても、僕の方がイイって言ってもらえるくらい、いい男になるために頑張りますからッ。」
・・・だから僕の事嫌いにならないで下さいね・・・。
「諸羽・・・。」
嬉しくって、涙が出そうで、だけどそんな顔を見せたくなくて、諸羽の胸へ顔を押しつける。
嫌いになんてもうなれない。ずっとこんな風に同じ時を過ごして行きたい。
ずっと・・・ずっと・・・。
---今僕の部屋には茶色い子犬がいる。エサは”僕”がいいって言う、ちょっと贅沢だけどとっても可愛い子犬が・・・。