T r u m b i l d

 



 

外伝

星光の魔法
せいこうのまほう

 

 

 そは、星の魔法。

 夜空にちりばめられた輝きを集めた、力。

 魔法の中で最も強い威力を持つが、使いこなせる者も限られる。

 何故(なにゆえ)なのか。

 古来より伝えられし魔法書には何も書かれてはいない……。

 

***

 

 それは、王都の木々が夏に向かって新緑を装い始めた頃のこと。

 まだ陽射しはきつくなく、芝生で寝転んで昼寝したいくらいの暖かさであった。

 

「は? 休暇、ですか?」

 あまりに突然投げ掛けられた単語に思考が追い付いていかない。

 今、アルバレアに不穏な空気が流れているわけではない。

 むしろ穏やかで平和すぎるくらいで、騎士団は各地で起こるちょっとしたことの始末に動いているくらいだ。

 だから。

 それは当然で受けるべきものであるのだけれど。

 いきなり何の前触れもなく言われたことに、ロテールは咄嗟に返す言葉がみつからなかった。相手が聖乙女であったのも、少しはあるかもしれない。

「そう、休暇です。何せ貴方は昨年の十二月から二月に入ってまで遠征に赴いていたにも関わらず、その事後処理で七月に入っても休みがないでしょう? 伯爵の上に聖騎士である分、仕事が重なってしまうのはあんまりだと思ったのよ。ですから、王様にも進言して燐光聖騎士団に特別に休みをいただくことになったの」

 にっこり微笑んで説明してくれるマリア様は、こちらがいつものポーカーフェイスを崩して素のままで茫然としていても動じていない。

 さすが、聖乙女である(意味不明)。

「はぁ、まあいただけるんならそれは嬉しいですが……」

 いまだに調子が戻らないまま空返事ともとれる言葉に、マリアがしてやったりという風に悪戯な表情を浮かべた。

「別に本当に忙しくて休む暇もなかったのなら、花街での噂はなかったのでしょうけれど。それでも普段より足を運ぶことはなかったようね。いつもそうだといいのだけれど。とにかく団長である貴方が休暇を取らないと、部下である団員もゆっくり休めないでしょうから、これは王命です。有意義に過ごすようにね」

 マリアの嬉しそうな声と笑みが悪魔の御使いのような感じを受けるのは自分だけだろうか。

 

「有り難く、休暇をとらせていただきます……」

 乾いた笑いを浮かべて、ロテールは深々と頭を下げた。

 

***

 

 夏もはじまったばかりだというのに、王都から少し離れた海岸は海水浴客でにぎわっていた。

 伯爵の特権と言うやつで、プライベートな砂浜を持つロテールはその騒がしさから逃れ、人の全くいない浜辺をふらりと歩いていた。

「暑いな……」

 かといって、泳ぐ気力もわかない。

 王都にいたまま休日すべてを無意味に費やすのも不毛だと思い別荘にやってきたが、することもなく逆に自分をもてあましている。

 しばらく歩いてたどりついた岩に腰掛けて、ぼんやりと潮の満ち引きを眺める。どのくらいそうしていただろう。

 

 視界の端に白い飛沫が映った気がして、振り返る。

 

 誰もいないはずの海岸。天然の岸壁に囲まれた湾には、自然の力でうねる波しかないはずだったが。

 次の瞬間、水音と共に人影が海中からあらわれる。

 

「!」

 

 一瞬、自分が強く望んだものが真夏の暑さで幻影を見せたのだろうか。

 それは赤銅色の髪をうるさげに振って、瞳を開いて彷徨わせた視線がこちらを見た。

 赤い、落日を宿す宝石。

 

「あ……れ、ロテール?」

「レオン……?」

 

 驚いた声を上げた相手は、思い込みが作り出した都合の良い夢でも幻でもない、本物であった。

 

***

 

「へぇ、ここロテールの砂浜なんだ?」

 純粋に感心して笑いかけるレオンを、眩しいものでも見るように目を細めてロテールが見つめる。

「まぁ、な」

「向こうの砂浜から沖まで泳いでたら、ここが見えたからさ。来てみたんだけどまさかロテールに会うなんて」

「俺も、驚いてるよ」

 浜辺に二人して座り込んでいたが色の白いロテールに対して、レオンは普段以上に肌が褐色がかっていていっそう艶めいて見える。

「どうして、ここにいるんだ?」

 レオンの当然の問いに、苦笑して視線を波打ち際に向ける。

「休暇をな、王命でとらされた」

「王命で? めずらしいな」

「働き過ぎだとさ」

「そうかもしれないな……俺はまだ団長になって一年しか経っていないからそうでもなかったけど、お前はそれ以上の負担があるもんな」

 そう答えて、レオンは両手を組んでのびをする。まだ泳ぎ足りないとでも言うかのように。

「俺なんか、大したことできないから休暇なんて楽に貰えたけどなぁ。やっぱりロテールだと、休暇を取るのも大変なんだろう?」

「そんなことはないさ。ただ、仕事がたまっていただけだ。休むときはきちんと休んでるぞ。貰った休暇でなんとなくここに来て、お前に会ったのは驚きだが……どうしてここに来たんだ?」

「え? ああ。俺、海って好きでさぁ。夏になると真っ先に泳ぎたくなるんだよな……だから、夏の早い時期に休暇を取ってこうして海水浴に来てるんだ」

 嬉しそうに笑って海に紅い瞳を向ける。煌めく真紅の宝石は、なかなか自分にみせてくれない綺麗な輝きを放った。それにどうしようもなく魅了される自分を感じる。すぐ側に在る体を引き寄せて自分のものにしたい誘惑を、必死に押しとどめた。

「相変わらずお子さまだな、レオン」

 内心の葛藤を表に出すまいと、皮肉気な微笑みを浮かべる。

 レオンにはこの思いなどかけらもわからないだろう。

「おい、海が好きなののどこがお子さまなんだよっ!」

「そうやって、ムキになると・こ・ろだよ」

 真っ赤になって言い募るレオンの額を指で小突いて笑う。良くも悪くも、彼は純粋だ。それがロテールの心を悩ませているもののひとつでもあるのだが……大切にしたいと思うのも真実で。

「悪かったな。そういうこと言うロテールなんて、嫌いだ」

 拗ねてそっぽを向いてしまった彼に苦笑する。少し、いじめすぎたらしい。仕方ないと思いつつ、彼を背後から抱きすくめた。陽で焼けた潮の香りのする肩口に顔を埋める。

「ロ、ロテール!?」

「お前があんまり可愛いんで、ついからかいたくなるんだ、済まない」

 耳に囁くのでなく、肩に触れたまま話す動きを直接伝える。

 心地良い声が体に柔らかく響いて、レオンは思わずドキリとする。それを気取られたくなくて、そっぽをむく。

「もう、いいよ……」

「怒ってるか?」

「別に……」

「それなら、いいが……」

 まだ少し拗ねたような感じのする声に微笑む。あまり欲を持たない彼は逆手に取って何かをねだるとか、そういうことすら考え付きもしないのだろう。

「お前は我が儘を言ってくれなくて、つまらないよ」

 深くため息をついたロテールを見、レオンが小首を傾げてきょとんとする。

「わがまま……って言われても。何も言うことなんかないんだが」

「何でも良いんだよ。何かしてくれとか、何か教えて欲しいとか」

 言われて、うーんとレオンはうなった。いきなりそう言われてもピンとこない。

 

「……離してくれ、あつい……」

「……そういうのじゃなくってだな」

 苦笑いして、願ったレオンを名残り惜しげに頬を引き寄せて口づけてから、解放してやる。赤くなった彼が急いで離れるのをそのまま見つめる。

 

「そうだ、ジハド。教えてくれよ」

「え?」

 何かに気付き、嬉しそうに振り返った彼が何を言うのかと思ったら。

 あまりに唐突に言われたので思考が付いていかず、間抜けにも聞き返してしまう。その反応にレオンが拗ねたようにこちらを見た。

「何でも良いって言ったじゃないか。駄目なのか?」

「確かに、この前の一件でエリアル・フロウはお前の身についたようだがな。ジハドとなるとまた別だ。……魔法に対する、相性はどうなんだ?」

「う……そ、それは」

 鋭い所をつかれて、レオンが言い淀む。

 その様子にロテールは溜め息をついた。さらりと流れる前髪をうっとおしそうに右手で掻き上げる。

「相性がないわけじゃあないんだろうが。ようやくエリアル・フロウが身に付いたばかりのお前では、難しいだろうな」

「駄目なのか、やっぱり」

 炎のような瞳が力なく落とされて、ロテールは苦笑する。

 レオンは意図しているわけではないんだろうが、まるで迷子の子犬をいじめているような気分になる。

「駄目……とは言っていない。ただ、難しいと言っただけだ」

「え? じゃあ……」

 ロテールの言葉に驚いて、嬉しそうな表情をする彼に微笑む。

「教えてやるよ……でも、使えるかは相性と努力次第だからな?」

 

***

 

「とりあえず、今から見せるのは本来のジハドの十分の一の威力の魔法構成だ。練習するには適当なものだから、しっかり覚えるんだ」

 図式と構成を一通り教えてから、砂浜に立って隣に立つレオンに海面を見ているよう指示する。海を指した指先で、そのまま魔法の印を編む。光の軌跡が淡くゆらめく。

 次の瞬間。

 海面で光の爆発が起きた。およそ十五メートルくらいの円形で大きな水飛沫があがる。水滴が霧散し、陽光が反射して一瞬だけ虹を作り出す。

「う、わ……」

 あまりの威力にレオンも感嘆の声しか出ない。

 これでも十分の一なのだ。

 炎の最高魔法『ラグナ・フォーラ』も本来大差ない威力のはずだが、戦闘で見るのとこういう普段の時に見せられるとまた違う印象を受ける。

「この構成法は忘れるな。お前も炎の魔法の最高レベルを持つ者だから分かるはずだ。本来の威力はこれと比べものにならない程なのだから、うかつに真の図式を編むなよ」

「分かってる」

 

***

 

「やっぱり、駄目なのかなあ」

 何十回目になるかというその言葉とともに、砂浜に倒れ込んだレオンがため息をついた。閉ざされた入り江から少しだけ見える水平線に、いましも太陽が沈んでいこうとしている。空は、燃える火の色彩から夜の深いとばりの群青へと美しく様変わりしていく。その中間に位置する薄紫は側に立って柔らかく微笑む人物の瞳の色そのものであった。

「光の魔法的レベルの問題だろうな。エリアル・フロウが使えるからといって、ジハドがすぐ使えるというわけじゃない。お前だってラグナ・フォーラを身につけるのに時間がかかっただろう? それと同じだ」

「う〜ん。そうなると、また大分かかりそうだな……使えるようになるには……」

 言いながら起きあがって髪についた砂を頭を降って振り払う。赤銅色の髪は、陽の残滓と相まって金色に輝いた。

「一週間かそこらでは身に付くものではないさ。かといって練習しなければ修得などできはしないが」

 笑って、レオンが立ち上がるのに手を貸してやる。

「練習するっていったって……王都に帰るまでは無理そうだなあ」

「……何でだ?」

「え? だって、海辺は人が大勢居て練習できる所なんてないじゃないか」

「この砂浜にくる人間なんていやしないさ。思う存分練習すればいいじゃないか。気になるならここ一帯に大きい結界をはっても構わないしな」

「そ、れは……でも、いいのか? ロテールの砂浜だろう、ここは」

 ロテールの申し出に意外そうにレオンが聞き返す。その反応に呆れる。

「良いに決まってるだろう。何を遠慮してるんだ、今更。そういえば、お前はいつまで休みなんだ?」

「確か、あと一週間くらいあったと思うが」

「奇遇だな。俺もだ」

 少し考えて休みの期間を伝えるレオンに、ロテールは思わせぶりな笑みを浮かべて言葉を返すが、やはり純粋な彼は気が付かない。

「じゃあ、練習に付き合ってくれるか?」

「お前がそう、望むのなら……」

 朗らかに笑って願う彼に同じように微笑み返して。

「とりあえず、今日はここまでだ。陽も落ちたことだしな。お前、宿は?」

「ああ、むこうの砂浜に近いところに……」

「荷物を持ってこっちにこい。あそこに見える館で夕飯を一緒に食べよう」

「でも」

「俺の別荘からこの砂浜は目の前だ。練習するなら絶好の場所だと思うが。ああ、寝る場所なら心配ない。私邸と同じで部屋だけは余ってるからな」

 ロテールの説明にどうしようかと少し迷っていたレオンは頷いた。砂浜に近いという条件は魅力的なものだが、それ以上にロテールの私邸で出された食事の美味しさは実証済みである。おそらくこの別荘で出される食べ物は、海も近いとあって食材に新鮮な海の幸がふんだんに使われていることだろう。それを断る理由はレオンになかった。

「執事に言っておくから、はやく来いよ」

 言われて、レオンは陸沿いに向こう側の砂浜に出る方法を教えて貰い、馬を借りて宿の方へと向かっていく。

 その後ろ姿を眺めて、ロテールは深く嘆息した。

「相変わらず警戒心がないというか、少しは人の言うことに疑いを持って欲しいな……」

 いくら下心が少々あったとしても、こうもまあ簡単に引っかかってくれると嬉しさを通り越してなんだかとても不安になる。

 それも、彼の良いところの一つではあるのだけれども。

 

***

 

「風邪を引くぞ」

 海のよく見えるバルコニーの石の手すりに腰掛けてぼうっとしているレオンに声をかける。ガラス戸の向こうから現れたロテールを一瞥して、また視線を遠いどこかに戻した。

「星が……」

「ん?」

 つぶやいたレオンの言葉を良く聞こうと、側に近寄る。手すりは少し高いため、レオンはロテールを見下ろす形になるが、話す言葉は良く聞こえるだろう。

「夕飯を食べた後、湯浴みしてそのままここに居たのか? そんな薄手の服だといくら鍛えている聖騎士でも病気になるぞ」

「星が、綺麗だったから……」

 視線を深い青の空にさまよわせるレオンと同じように、天を仰ぐ。

 無数の星の乱舞はそれが身近にあるかのような夢幻の錯覚を起こさせる。まるで手に届かない宝物がすぐ側に落ちてきたような、そんな感覚。

「星の光は、燐光聖騎士団の力の由来だ」

「そういえば、そうだな」

 ロテールの小さなつぶやきに、レオンが小さく笑って頷く。

「ジハドも、あるいは……」

「え? ジハドが、何?」

 今日一日、さんざん練習して嫌と言うほどその難しさを見せつけられた魔法。ほんの少しの会話の中の単語でも、気になる。

「星の光のようなものなのかも知れないな……」

「どういう意味だ? ……曖昧すぎて分からない、ロテール」

 星空を見つめていた澄んだ瞳が、ロテールの菫色の瞳を見つめる。

 生命の輝きを閉じこめたような紅の瞳を見返して、あまり意識して使っていなかったジハドという魔法について考える。

 光の魔法の最高峰ともいえる魔法。太陽の光とは趣を違える光はまさしく星の光の結晶。闇の中から輝く力。

 そう、星は太陽のように強い光がなければ輝かない。見えない闇の部分の方が多いのだ。

 それは自分にもあてはまるのではないか……?

「お前がジハドを使えても、きっと俺のような威力は持てないだろうな……」

「なんでだよ。俺が光の魔法のレベルが低いからか?」

「違うよ」

 優しい笑みを浮かべて、ロテールは目の前にある躰を抱きしめる。暖かい体温が薄衣を通して伝わる。仄かにする石鹸の香りが、レオンらしい。

「ロ、ロテール?」

 暗にジハドを覚えるなと言われたような気がして拗ねたレオンは、ロテールの突然の行動に困惑する。別に強く抱きしめられているわけではないので、振りほどくことはできるが。言われたことの方が気になって、続きを待つ。

「光ってのは、影がないと成り立たないだろう? 俺は、心の中に昏い闇を飼ってるからな……その分、光の魔法も威力が違うのさ」

「良く、分からない……」

「分からなくて当然さ……お前は心が純粋な光だ。太陽みたいなものだな……だから、惹かれる」

 どうしようもなく。

 それだけの理由ではないけれど、一つの要因でもあるだろう。

 言われたことが理解できていないレオンにロテールはクスクスと笑った。理解なんてしなくていい。こんな闇など知らない方が良いのだ。まして、レオンに近づけたくもない。

 

 戸惑うレオンの首に手を伸ばして、ゆっくりと引き寄せる。

「愛してるよ……」

 囁いて、唇を重ねる。抱きしめた熱い躰が震えた。

「ん……っ」

 抱きすくめられていて抗うこともできない。幾度も確かめるように口づけされて、それだけに意識が集中してしまう。やっと唇を離してくれた時にはいつの間にかシャツの前がはだけられていた。

「ちょ、ちょっと待……っ」

 慌てるレオンに構わず、ロテールは首筋に唇を這わせる。身を捩って逃げようとしているのだが、手すりに座ったままの体勢の上に腰を押さえているため、たいして変わりがない。

「ロテールっ! こんな、ところで……っ」

「誰も来やしないさ。心配するな」

 じたばたして無駄な抵抗を続けるレオンに微笑んで、はだけた胸元に指をすべりこませる。とたんにびくんと躰が震えた。

「あ……っ。そうじゃ、ないっ! 風邪を引くとか言ってたくせに……!」

「引かないように、ここでは少しだけ、ね」

「なんだよ、それはっ」

 ロテールの愛撫に刺激されて躰を反らせたレオンは、潤んだ瞳で相手を睨む。

 その可愛い様子に余裕のある微笑みを浮かべたロテールがきっぱり言う。

「お前は嫌だとは言ってない」

「う……」

 指摘され、思い返してもレオンはロテールを止める言葉に感情を入れていなかった。今更嫌だと言っても取り合ってくれないのは表情を見ても分かる。

「ロテールの、莫迦」

 精一杯の抵抗も、相手には通用しない。

「後で、暖かいベッドに抱いて連れていってあげるよ」

「嬉しくない……」

「嘘付け」

 優しく躰に触れても反応するレオンに意地悪く笑って。

 強く抱きしめて唇をゆっくりと奪う。

「愛してる」

 吐息が絡むほど間近で囁いて肌に唇を落とす。声のない喘ぎをもらしてレオンが喉を反らした。

 

***

 

「今日も海で泳ぐつもりだったのに」

 小さなため息をついてやわらかい羽根枕を抱きしめたレオンに、横にいたロテールが不思議そうに首を傾げた。

「泳げばいいじゃないか。誰もいない海岸なのだし」

 カーテンの隙間から差し込む朝日は夏に相応しく明るい。たとえ快晴の暑い太陽の下であっても、個人用の海岸に入ってくる者などいない。他人の目を気にすることはないと言いたげなロテールの表情にむっとするが、何も言わずにそっぽを向いてやる。その仕草と、頬を染めた様子に何のことか察したロテールは小さく笑った。それを聞きとがめて、レオンがさらに怒る。

「誰のせいだ、誰の!」

「はは、悪かった。今日は一日お前の魔法練習に付き合ってやるから、許してくれ」

 怒鳴っても、悪気はなさそうな笑みを浮かべられて―実際悪いと思ってないのだろう―レオンはもっと不機嫌になる。第一、昨日ジハドは覚えても意味がないと言ったのはどこの誰なのだか。

「覚えても無駄だって言ったじゃないか」

 拗ねたようにつぶやいたレオンに、機嫌を損ねたのが分かったらしいロテールが苦笑する。

「そんなことはない。ただ、お前が使っても威力はそんなにないだろうって言ったのさ」

「そうなのかなぁ……」

「やってみれば、わかるさ。努力次第で身に付くのだから」

 

***

 

 夏の陽射しと緑の薫りが一層強くなりはじめた王都の一角。大理石で造られた建物の中でも最も大きく荘厳な建造物である王宮の軍事執務室で、聖乙女が王都を離れていた聖騎士の長の一人を出迎えていた。

「花街で休暇を過ごすのかと思ったら、別荘へ出かけたそうね? まあ、悪い噂をさらにたてなかったようで何よりですが」

「王都にいても、何もすることがなかったので」

 柔らかく微笑んで返す相手に、ようやく普通の調子が戻って来たかと安堵する。

「そう、王命での休暇は有意義に過ごせましたか?」

「それはもう……」

 

 

 

 そは、光の魔法。

 闇の中より生まれし力。

 最高峰の魔法と謳われながら、その威力を最大限に引きだせる者も限られる。

 何故か。

 それは、使いこなせる者にしか分からない…

 


END■

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