の聖跡

 



 

 人の作りし灯を浴びて、妖しく輝く夜の華。

 

 

Midnight・1

 

「……久しぶりに顔を見せたと思ったら、オマケつきなわけ?」

「顔を見るなりそれかい? 相変わらずきついね」

「あんたに言われたくないわよ。そうそう、シェーラに手を出したんですって? あの娘はあんたの毒牙にかけていいような娘じゃないんだから、ほどほどにしといてよね」

「はいはい。君に睨まれたらあとが怖いからね、肝に銘じておくよ」

「心にもないこと、よくそういけしゃあしゃあと言えるわね。しばらく見ないうちに、ますます面の皮が厚くなったんじゃないの、レン?」

「そういう君こそ、しばらく会わないうちにますます毒舌が冴えるようになったようだね、ナリューシャ?」

「ほっといてちょうだい。尋常な神経で、あんたと渡り合えるわけないじゃないのよ。それより、どうしたのよ? ここのところぱったり顔を見る回数が減ったって、ちょっとした話題になってるわよ」

「わがままな子猫の世話で忙しくてね」

「子猫ォ? あんたが? まさかホントの猫、飼いはじめたってわけじゃないわよね?」

「そこまでキッパリ言い切らなくてもいいんじゃないかな……」

「ってことは、やっぱりあってるんでしょ? 今度はどこの娘をたぶらかしてるのよ」

「『娘』じゃないんだけどね……」

「……? はっきりしないわね。ところで、そちらのオマケは一体どうしたの?」

「ちょっと変わった酒を飲ませてみたら、潰れちゃったんだよ」

「またややこしい飲ませ方したんでしょ」

「別にややこしくなんてないよ。単に、ちょっとアルコール度の高いやつを5種類くらい飲ませただけで」

「心配しなくても十分ややこしいわよ。そういう飲ませ方したら、普通の人間だったら潰れるに決まってるじゃない。少しは常識ってものを身につけなさいよね」

「でも、飲みたいって言い出したのはこの子なんだけどねえ。ほんとに世話のやける子だよ」

「セリフのわりには嬉しそうな顔してるわね。もしかして……その坊やが、あんたの子猫ちゃんだったりする?」

「かわいいだろう? わがままで寂しがり屋で甘えたがりで、退屈しないよ」

「……否定しないところがさすがよね。わかったわ、部屋貸してあげる。どうせ、それが目的でしょ?」

「話が早くて助かるよ。この埋め合わせは必ずするからね」

「期待しないで待ってるわ。じゃね、あんまり他の客を驚かせるようなことはしないでおいてよね。ここ、娼館なんだから」

 

 

Daybreak

 

「……う〜〜〜」

「やっとお目覚めかい、ロテール」

「あ……れ? レン? ……ここは一体?」

「……案の定、なにも覚えてないね、この子は」

「そ、その何か言いたげな視線は何だよ?」

「……いや、別に……ちなみにここは、アルバレア紅地区の一角だよ」

「紅地区……ってことは……歓楽、街?」

「さすがだね、知ってるかい?」

「そりゃ来たことあるから知って……そういう問題じゃなくて!」

「そういう問題じゃなかったら? 何なのかな?」

「なんでそんなところにいるんだよ!?」

「ちょっと仲のいい姫に部屋を借りたんだよ」

「姫って……姫? なんでまた……大体、普通部屋なんて貸してくれるか?」

「何しろ、昨日の君は騎卿宮に送っていくのも無理な有り様だったからね。事情を説明して、便宜をはかってもらったんだよ」

「え、えーとぉ……昨日の俺って、どんな状態だったんだ? まったく、覚えてないんだけど……」

「ふ〜ん。騎卿宮まで送っていこうとしたら、俺の首にしがみついて離れようとしなかったのも覚えてない?」

「……そ、そんなことしたのか?」

「したんだよ。客の少ない酒場でよかったね」

「そ〜ゆ〜レベルの話じゃないような気がする……」

「嘘は言ってないよ? 仕方ないから、ここに連れてきたんだ。さすがに正面からは無理だから、窓からお邪魔するなんていう荒技を使うハメになったけど」

「ま、窓からだってぇ?」

「どこの世界に、男のふたり連れをあげてくれる娼館があるんだい?」

「いや、その、ないと思う……」

「それで、その後なにをしたかも、当然覚えてない、と?」

「……他にも何かやらかしたのか?」

「なるほどね。じゃあ、俺にこういうことしたのも覚えてないわけだ」

「う、うわっ!?」

「そこまで驚くことないんじゃないかな」

「ちょ、ちょ、ちょっと待て。本当に俺はこーゆーことしたのかっ?」

「したんだよ。酔っぱらいの力っていうのは、意外と侮れないものだね。酔っぱらいのやることと思って、まともに抵抗しなかったのが敗因かもしれないけど」

「じょ、冗談だろ……?」

「これを見ても、そう言い張るかい?」

「え、え〜と……ごめんなさい。まったく、記憶にありません」

「君は覚えてなくても、俺は覚えてるんだよね」

「それはそうだっ……け、ど! 今、なにもここでやることないっ……!」

「あんまり大声出さない方がいいよ。姫たちに怒鳴り込まれるから……彼女たちにとっては、もう眠る時間だからね」

「ちょ……レン!」

「静かに。このまま叩き出されたいかい?」

「こ……え出すな……って、無理に決まってっ……」

「出すな、なんて言ってないよ? でも、ゆうべはあれだけわがままやり放題だったんだからね。少しくらい返して貰わないと、割に合わないな」

「……も……好きにしてくれ……」

「ふふ……いい子だね」

 

 

 

「たまに思うんだけどな。あんた、俺のこと、いったいなんだと思ってるわけ?」

「ん? そりゃあ当然、かわいい恋人だと思ってるよ?」

「……臆面もなくそーゆーこと言えるあんたに聞いた俺がバカだったよ……」

「何言ってるんだい。元々、こういったセリフは君の得意技だろう?」

「本気の相手に、そうそうそんなこと言えるもんか」

「……ほんとにかわいいよね、ロテールって」

「え? ……あんた、とりあえず抱き込んで頭でも撫でとけば俺の機嫌が治る、とか思ってないか?」

「違うとでも?」

「……違わないけど」

「子猫みたいで、じつに俺の好みだよ」

 

 

Midnight・2

 

「あら、ホントに埋め合わせしにきたのね。めずらしく律儀じゃない」

「あのね……まるで俺が不義理ばっかりしてるみたいじゃないか」

「まさか、ちゃんと義理を果たしてる、とか言うつもりじゃないでしょうね?」

「人並みにはね」

「あんたに常識を尋ねようとしたあたしが間違ってたわ。ま、座んなさいよ。聞きたいことは山のようにあるのよ」

「答えられることならなんでもどうぞ?」

「この間のあの坊や、たしか女好きで有名な伯爵様だったような気がするんだけど、あたしの気のせいじゃないわよね?」

「あの子も、有名だからなあ」

「やっぱりあってるのね? ふ〜ん……まさか、男を恋人にしてるとは思わなかったわ。しかもあんたを」

「君が知らないとなると、この界隈の誰も知らないね」

「そうなるわね。で、あたしはこれを黙ってるべきなのかしら、言いふらしてもいいのかしら?」

「できれば黙っていてほしいねえ」

「だろうと思ったわ。代償は……この間の坊やに、一回遊びに来てもらうってのはどう?」

「あの子は俺のだから、ダメ」

「ケチ。減るもんじゃないし、いいじゃない」

「あの子が自主的にここに来るなら、いっこうに構わないんだけどね」

「……どう違うのよ?」

「恋人の浮気をお膳立てする男がいると思うかい?」

「普通はいないけど、あんたに一般常識当てはめても意味ないもの。……そう考えたら、ものすごく珍しいじゃない。一体どういう風の吹き回し? あんたがひとりにそんなに執着するなんて」

「さて、どうしてだろうね……?」

「……幸せそうな顔しないでくれる? で、この間は結局どうなったのよ?」

「この間? ああ、あれね。酔っぱらいだと思って放っておいたら、押し倒されたよ」

「……は? 押し倒された? あんたが?」

「そう。油断も隙もないよね」

「……世の中、ツワモノっているものなのね……」

「ただ、当の本人はきれいさっぱり忘れてたみたいだけど」

「それは……ご愁傷様だわね。記憶がないのに仕返しだけされるなんて」

「……なんで、そこですぐ『仕返し』って単語が出てくるんだい?」

「あんたの性格考えればわかるわよ。まあ、いいわ……それなら、今度ふたりでまた遊びに来てくれるってのはどう? これなら、浮気じゃないでしょ? 酔い潰すの、手伝ってあげてもいいわよ」

「うーん、それじゃ、それで手を打とうか」

「商談成立ね。それじゃあ……」

「乾杯」

 

 

 暁の光と共に、街に静寂が訪れる。

 

 


Fin…

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