MY GRADUATION
卒業式の後、久しぶりに龍麻は真神学園を訪れた。
あの日、咲いていた桜は、未だ花びらを散らしている。空は青く澄んでいるのに、風は、春とは思えないほど冷えていた。
校舎の中を、誰と言葉を交わすまでもなく、ただ在籍中は感じることのなかった違和感を覚えながら、まっすぐに目的地に向かって進む。
嫌な音を立てて軋む鉄の扉を押し開けると、既に先客がいた。
「よお」
「雄矢……」
鉄扉の開く音に気付いたのか、彼を振り返る。数日しか経っていないのに、懐かしく思える。
「何で、卒業したのに、制服着てるんだ?」
「学校に制服で来るのは当たり前だろう」
「…………」
龍麻はブルーのチェックのネルシャツに、紺のダッフルコートを着ていた。
屋上は空が近付いた分、下界に比べてもっと冷えきっていた。
コートのポケットに両手を突っ込んで、龍麻は手摺りに寄り掛かった。
「お前は……」
「どうして、ここにいるんだ?」
龍麻が言うより先に、醍醐が問いかける。しかし、一瞬言葉に詰まった彼を憂慮して、醍醐が続けて口を開いた。
「俺は、レスリング部の様子を見に来たんだ。可愛い後輩がどれだけ打ち込んでるのかをだな」
「卒業したくせに、まだしごくのか?嫌われるぜ」
「はははッ」
変わらない豪快な笑い方。つられて龍麻も小さく微笑った。
「ところで、龍麻。お前こそ、こんなところにいて、いいのか?」
やはり気になるのか、変えた筈の話題を振ってくる。
龍麻は目を伏せた。
身を切るような風が一陣、砂を巻き上げる。
「いいんだよ」
小さい声で呟く。
「あいつが、湿っぽいのは嫌いだからな」
「ああ。そうだな」
癖で顎に手を当てて、頷く。
「あっという間だな。もう今日が出発なんてな」
「……ああ」
以前から、彼が中国に旅に出ようと考えていたのは知っている。本人の口から聞かされたからだ。
けれど、その時はまだ闘いの真只中で、旅立ちの日のことなど考えつかなかった。
彼――蓬莱寺京一がこの国から去る日を。
「いいのか?見送らなくて」
「だから、それは……」
「俺が言っているのは、龍麻、お前のことだ」
「…………」
龍麻は黙って前髪を掻き上げた。
「……別に、今生の別れというわけでもないし」
そして、空港があるとおぼしき方角に目を向ける。
ビルの群れに阻まれて地平は見えない。例え、高い建物がなかったとしても、グレーの大気に霞んで見えたはずはないのだ。
「そろそろ、だな」
醍醐が腕時計に目を遣って呟く。龍麻は物憂気に首を傾げる。
「雄矢こそ、どうして行かなかったんだ?」
龍麻の問いかけに、醍醐は曖昧に笑ってごまかした。
「さあな」
それ以上追求することはせず、龍麻は視線を戻した。
長めの髪が風に煽られ、その面を露にする。端正な相貌は、寒風に耐えてか、それとも別の理由によってか、厳しく引き締められていた。
「時間通りなら、フライトの時間だ」
分かってる。時計など見なくても。
ビル群の向こうを、大陸を目指して飛行する機体が見えた気がした。
確かに、そこに搭乗している姿が目に見える。愛用の木刀を取り上げられて、仏頂面で座っている姿が。
「……きょぉ…いち…っ」
不意に涙が溢れた。
膝から力が抜け、座り込みかけるのを、咄嗟に醍醐が背後から支えた。
「龍麻?」
「きょ…ぉいち……京一……ッ!」
悲痛な叫びが屋上に響いた。
「……愛して…いたんだ……愛…して……いた……っ」
届かないけれど、叫ぶことしか出来なかった。
もう祈るしかできない。二人の歩む道が、再び交わる日が来ることを。
壊れたように溢れる涙を止められない。
「……龍麻……」
醍醐が何か言っていたが、龍麻の耳には聞こえなかった。
「きょう……いち……ぃ…ッ!」
風が濡れた頬を嬲るのにも構わず、ひたすら彼の名を声を限りに叫び続けた。
FIN
京一の旅立ちネタって、結構ありそうなんで、ちょっと趣向を変えてみたら、かなり方向が違ってしまったみたい(^_^;) |