〜 銀の雪の祝福 −silver snow− 〜

 Aoi Tsuyugiri

 




 

 


 

 

 雪が舞い散る中。

 ふと足を踏み出してみる。騎卿宮の玄関から続く銀の絨毯は、誰の手にも荒らされていない白いユニコーンのたてがみのようだ。

 少し散歩でもしようかと思いはじめた頃、建物の中から駆ける足音が聞こえてきた。誰だか予想が付いたので振り向かずに灰色の空を見上げる。雪の結晶が輝いて星空を思わせた。

 派手な音が響いて、勢いよく扉が開かれる。

「こんな時間に、どこへ行く!!」

 怒鳴り付ける声はやはりレオンだった。思わず口の端が笑ってしまうが、どうせレオンには見えてはいまい。

「雪が綺麗だったから、散歩でもしようかと思ってな」

「こんな雪の日の夜にまで散歩するのか? お前は。嘘を付くのもいい加減にしろよ」

 怒りを含んだ声に、どういう表情をして何を考えているのかすらわかる。本当に散歩しようと思ったのになあ、と心の中でぼやいてみるが言い訳にしか聞こえないだろう。

「そんなに俺のことを気にしてくれているのか? ……嬉しいな」

 振り返り意地悪そうに笑ってレオンを見る。案の定、レオンは答えにつまって視線をさまよわせた。

「別に……っ、そういうわけじゃあなくてだな! 聖騎士団長のくせにもう少し自覚をもって行動しろ、ということだ!!」

「素直じゃないんだから」

「な、何が素直じゃないんだよ!?」

 うろたえる表情のレオンに笑みが自然と深くなる。隠しごとのできない性格は相変わらずのようだ。

「気分が滅入っていて気分転換に外に出てみただけだよ。心配するな」

「心配なんか、誰がするか!! ……って、え? 何か悩みがあるのか?」

「その言い方だと俺が悩みを持たない人間であるように聞こえるんだが、気のせいか?」

「だって、ロテールだし」

「何だ、それは」

 レオンの答えに苦笑しながら騎卿宮に戻ろうと歩き出す。ほんの少しの間なのに自分が付けた足跡は消えていた。今日は相当冷えると思ったが、これでは当たり前だと何となく納得する。

「そろそろ降臨祭の季節だな、と思ってな。大勢来る子猫ちゃん達をどう扱おうかと考えていたんだよ。折角来てくれるのは嬉しいが全てを相手にすることはさすがにできないしなあ」

「……そういうのは悩みっていうのか?」

 一呼吸後に呆れたようにレオンがつぶやいた。扉の前に立つレオンの側まで来ると雪は途切れる。髪や肩に積もっている雪の名残りを払おうとしたら、レオンが無言で手をのばして手伝ってくれる。その様子に微笑んで落日色の瞳を見つめた。

「で? お前は?」

「……は?」

「くれないのか、クッキーは?」

「え?」

 何を言われたのかまったくわかっていない、きょとんとした表情に思い切り呆れてやる。もちろん、わざとだが。レオンがこういう事にうといのはよっく知っていても、ついいじめてやりたくなってしまう。

「そうか、やっぱり俺はレオンに嫌われているんだな。俺の言うことがわからないなんて愛が足りない証拠だよなあ」

「な、何なんだよ、それはっ! クッキーで何でそういうことになるんだよ!」

「知らないのか? 本当に? ……降臨祭の日に一度もクッキーをもらったことがない、なんていわないよな?」

「降臨祭の日に……? そういえば、もらったような気もするけど……甘いものは駄目だから知り合いにあげたような」

 聞いただけで頭がクラクラしてきた。世間の可愛いお嬢さん達は、死ぬ思いでクッキーを作って勇気を出してあげた相手がこんな朴念仁だとは夢にも思わないだろう。クッキーをあげた勇気ある女の子に心から同情してしまう。

「な、何だよ。いけなかったのか?」

 深く溜め息をついたのが気になったのだろう。声に少し動揺が入っていた。

「いけなくはないが……可哀相に」

「何が可哀相なんだよ。降臨祭って、結局何なんだ? 祝日じゃないのか」

「祝日ってお前な……この日はな、好きな男に女の子がクッキーを公然と送れる日なんだよ。告白とかおおっぴらに出来ない乙女たちのためのサービスって所かな」

「え……ええっ!?」

「理解してくれた?」

「じゃ、じゃあ、クッキーくれた女の子達って」

「そりゃあもう、お前に気のある子達だったんだろうなあ」

「えええっっ!! そ、そんな! 俺、全然わからなかったんだけどっ」

 あまりのことに取り乱すレオンに苦笑するしかない。

「もう過ぎてしまったことなんだから、気にする必要はないさ、な?」

「えっ、で、でもそれはやっぱりまずいんじゃ……」

 焦って困惑に揺れるレオンの瞳にはっきりとわかるように鮮やかに微笑む。

「俺がいるのに、女の子の話はして欲しくないな。やるんなら俺のいない所で上手くやってくれ、といってもお前には無理だろうが」

「うっ、上手くって何をだよ。お前だって女の子の話をしてたじゃないか」

「俺は、いいの。お前が女の子とデートしたりするのは影でやれってことだけど、お前は隠し事はできないし、第一やったら俺が嫌だから駄目」

「な、何なんだよ、それは。お前は良くて俺は駄目なのか!? 不公平だぞ」

「遊びで女の子と付き合えるの? レオンは?」

 拗ねるレオンに笑って聞いてみる。答えなんて、決まっているけれど。

「できるわけないだろ、そんなこと」

「俺以外を好きになるなんて許さないし、そういう風に女の子と付き合えないからやめろっていっているんだ。わかったか?」

「……」

 最高のわがままだと自分でもわかるが、これくらい言っておかないと不安になるのでとりあえず良心は無視する。案の定、レオンは黙り込んだ。

「それとも俺のこと、嫌い?」

 不安は、いつものことで。レオンという存在を誰かに盗られてしまいそうで。自分の側にいるという確かな答えが欲しい。それでレオンを追いつめているのだとわかっていても繰り返してしまう。

 レオンは、少し困ったようにそれでも頬を染めて視線をそらす。

「……っ!」

「え?」

「嫌いじゃないっ!」

 聞き取れないほど小さくて聞き返したその答えは。欲しかった言葉。いつもレオンにあげている言葉だけれど、返ってきたことはなくて。幸せそうに微笑んでいるだろうことが自分でもわかる。

「嬉しいよ、レオン」

 見ていないのをいいことに、そっとレオンの頬にキスをする。

「! 何する!」

「で、俺にクッキー作ってくれるのかな?」

 振り向いて視線が合った瞬間を見計らって駄目押しをしてやる。

 唇を当てた場所を手で隠しながら真っ赤になったレオンが、怒るタイミングをはずされて口篭もり、言われたことの意味を把握するのに数秒。

「だ、だれがお前なんかにっ!!」

 はっきり言って背を向けてしまう。その背にクスッと笑って。

「期待しているよ」

 

***

 

 小麦粉、バター、砂糖etcetc...滅多に、というか普段全然触ったことのないものが眼前に並んでいる。

「う〜〜〜ん」

 何となく商店街での買い出しの最中に知り合いのおばさんに教えてもらった材料を揃えてはみたものの。「ハンナちゃんに頼まれたの? いつも大変ねえ」とか言われてしまった。

 もう明日は降臨祭である。

 あの日から直接言われることはなかったが、出会うたびに含みのある笑みを浮かべられて。ちゃんと作らないと後で何を言われるかわかったものじゃあないと思い、こうしているわけなのだが。

「作り方を見ても、良く分からん」

 さすがに母さんと妹の前では作ることはできないのでこんな夜中になってしまったが、いざ作ろうとするとためらいが先に立って軽く一刻は悩んでいる。

「とりあえず、考えていても仕方が無い。やってみるか」

 

 

 派手にひっくり返した小麦粉が台所中に散乱している。あまりの粉っぽさに咳き込んでいると。

「……お兄ちゃん、何してるの?」

 後ろから不意にかけられた声にドキッとして振り返る。呆れたような表情を浮かべたハンナがドアの側に立っていた。寝ていたらしく、パジャマの上にチェックの肩掛けを羽織っている。

「な、何って、その……」

 どう説明したらいいのか、いやそれ以前にどう誤魔化すべきなのか。そういうことが苦手な自分にとっては言葉にするのはやはり難しくて。

「えーっと……」

「どう見てもクッキーを作っているようにしか見えないんだけど……」

「そ、それは……」

 とてとてと台所にやってきて、ひどい惨状になっている辺りを見回すハンナにどういう態度をとればいいのか悩む。そうこうしているうちに、ハンナがくるっと振り返ってこちらを覗き込んできた。

「普通、降臨祭って女の子が好きな人のためにクッキーを作ってあげるっていう日なんじゃないの?」

「えっ!? そ、そうなのか!?」

 そういえば、ロテールがそんなことを言っていたような気がする。あの時は他に色々気をとられていたが、これはやっぱりだまされたということなんだろうか?

「当たり前じゃないのお兄ちゃん。相変わらずボケてるわねぇ。で、あげたい人はどんな人?」

「えっ! あーっと……」

「言えないの?」

「……聖乙女マリア様に……」

「嘘だー! お兄ちゃんてば本当に嘘付けないんだから☆ で、誰なの本当は」

 にこやかに聞かれて自分が冷や汗をかきまくっているのがよくわかるが、もともと言い訳は得意じゃないのでいい切り返しなんか出てこない。

「ハンナにも言えないことなの?」

 どう反応を返していいのか混乱しているうちに、ハンナが目を潤ませて見つめてきた。ハンナを悲しませるわけにはいかないと観念する。

「ロテールだよ」

「え? 誰?」

「燐光聖騎士団長のロテールだよ」

「そ、その方って男じゃない……の?」

 目を丸くしてビックリしているハンナに溜め息をつく。言うつもりはなかったのに。

「男だよ。俺もどうしてこんなことになったのかわからないんだけど……そもそも、俺のことを好きだって言い出したのはあいつの方だぞ。俺は、家庭的で明るい女の子が好きだったはずなのに」

「え、と。それって……お兄ちゃんもやっぱりその方のことが好き、なのよね?」

「そう、なるのかな……?」

 ロテールが自分に対して愛している、と言うのと自分の気持ちは同じなのだろうか。好きだとはっきり言ったのは最初だけだったような気がする。

「……そういうのって、あるって知っていたけど本当に見れるとは思わなかったわ。しかも、実の兄で」

 考え事をしていて黙っていた自分と同じく沈黙していたハンナが、呆れたのかあきらめたのか複雑な声でつぶやいた。

「俺も思わなかったよ」

 苦笑いして答える。先に言ってきたのはあいつだし、俺は悪くないとも思う……が。

「お兄ちゃんみたいな人を好きになるなんてよっぽど奇特な人だと思うわ。まあ、お兄ちゃんも本気でその人のこと好きみたいだし、私は別に構わないけれど」

「好きなのかどうかは別として、俺のことけなしてるだろう、お前?」

「その人に作れって言われたの? クッキー」

「う、うん。でも、女の子が作るもんだとは知らなくて……」

「お兄ちゃんに作らせたいっていうのは、分かる気がするけどー」

「な、何で?」

 ハンナがいたずらっぽく笑って言うことは、ロテールと同じくらいわからなくて困る。

「いいわ! 今回は特別に私が手伝ってあげる! お兄ちゃんにまかせたら材料がいくらあっても足りないし、第一食べられるものが作れるのか心配だしっ」

「そ、そこまで言うか〜?」

 妹にそうまで言われると立場がない。けれど、こういうのは初めてなので手伝ってくれるのは嬉しい。

 台所の惨状を片付けはじめたハンナを手伝う。

「これって……母さんには絶対ないしょね……」

 ぼそりとつぶやかれて息を呑む。

「あ、当たり前だろ、そんなの……ははは」

 

***

 

 毎年のことだが降臨祭の日はいつも雪が降っている。ロマンチックだと人は言うが、雪が降らない年があってもおかしくないはずなのに。

 今年も王都に白い雪は舞い下りている。

 窓越しに空を見て溜め息をつくと、ガラスが白く曇る。

 昨日の夜、結局ほとんどをハンナに手伝ってもらって作ったクッキーは、ハンナがくれた包装紙に包まれている。もちろん包装も「お兄ちゃんがやると変になる」と言ってハンナがやってくれた。自分があげるわけでもないのに「やっぱり甘いのは避けてハーブクッキーがいいかしら」とか色々悩んでいたのはさすがに女の子だなぁと思う。自分の手際の悪さに怒るハンナを思い出して笑ってしまった。

 それにしても。

「どんな顔して渡せっていうんだ……」

 一応、ロテールが騎卿宮の執務室にいるのはわかっているのだが、イマイチ行く勇気がなくてそのまま自分の部屋でこうして半日以上ぼーっとしている。時間のよくわからない空を見つめているだけで、時計はもう夕刻にさしかかろうとしていた。

 さすがにまずいと思い、渋々ではあるが自室を後にする。

 扉を軽くノックをすると。

「誰だ? ちょっと待ってくれ、仕事がたてこんでいてね」

「……?」

 部屋の主の声がすぐ返ってきたが、いつもと対応が違う。

 少ししてから鍵の外れる音がして、扉が開く。

「……っと、レオンだったか。入れよ」

 少し躊躇しながら入ると、ロテールは扉を閉めてまた鍵をかけた。その行動に眉をひそめる。

「執務室なのに、鍵をかけるのか?」

「ああ……って、お前、今日は何の日だと思っているんだ? 俺なんか宮廷広場にいるだけで女の子達に足止めくらっちまう。別にいいんだが、さすがに疲れるから執務中ってことでここに逃げ込んでいるんだよ。ここに入ってくる勇気のある子猫ちゃんはそうそういないからな」

「そ、そういうものなのか?」

 ロテールの説明にビックリする。いつも降臨祭は自宅で過ごすことがほとんどなので、言われても想像が付かない。

「そういうものです。もしかしてお前、騎卿宮にずっといた?」

「あ、ああ。一応朝から」

「……在室表示にしていなかっただろう? お前に気のある女の子達、きっと必死で探してるぞー、可哀相に」

 苦笑混じりに言われて、そういえばそうだったと思い起こす。本当にロテールの言うとおりだったら、悪いことをしたと思う。

「そんなのは、まあ、どうでもいいさ。で、今日ここに来てくれたってことは、クッキーを作ってきてくれたのか?」

 少し落ち込んだ気分になっている時に、側で嬉々として言われて脱力する。見れば、ロテールが本当に嬉しそうに微笑んでいる。

「あー……うん。ま、まあね」

 どうしたらいいのかわからずに言葉を濁す。結局は手伝ってもらったものなのだが。

「お前のことだから、手伝ってもらったりしたんだろう? そうだなぁ……妹さんあたりかな?」

「な、何故それをっ!!」

「あ、当たり? それで、当然俺とのこともバレたんだな。大丈夫だったのか? 妹さんは」

「大丈夫って……ないしょにしてくれるって言っていたけど……どうしてそんなことまで……」

 まるで見てきたように言われて、驚くより何故なのかが知りたい。するとロテールが口に手を当てて笑った。

「お前のその性格、他人からするとすごくわかりやすくて考えてることがバレバレだからな。しかも理屈的に問い詰められると白状しちゃうし。まあ、そういう所が可愛いんだけれどね。あーあ、仕方ないなあ。これ以降は他人に話すなよ? 俺の苦労が無になるからな」

「苦労って何だよ?」

 ひどい言われようだが、本当に話してしまったのであまり文句は言えない。むっとしながら、最後にロテールの言ったわからないことだけに答える。

「あ、お前は知らなくていーの。どうせ言ってもわからないから」

「何なんだよ、それは」

「それより、クッキーは? もってきたんだろ?」

 問いつめようとする前に本題に戻られて、うっとうめいてしまう。

 すっかり忘れていたが、ロテールはしっかり憶えているらしい。仕方なく腰に下げていた袋に手を入れて取り出す。それを見た途端、ロテールが吹き出した。

「お、お前! 凄すぎるぞー。赤いリボンはまだいいとしても、ピンクの包装紙はないだろう〜!」

「これはっ、ハンナがだなぁ」

「わ、わかってるってっ」

 あまりに笑うので言い訳しようとしたら、ロテールが右手をあげて制する。が、笑い止めようとしないのは、どう見てもわかっているとは思えない。

「やらないぞ、これ」

 ぼそっと言ってみると、ロテールはピクッと反応して笑いをこらえる。

「す、すまない。あまりに意表をつかれてしまって止まらないんだ、ははは」

 まだ笑いの名残りをセリフの端に残して、ロテールは包みを手にした。

「お前が一生懸命作ってきてくれたってことが、本当に嬉しいよ。どんな女の子達からもらったものより何倍も……。わがままを言って困らせてすまない、レオン。どうしてもお前からのが欲しかったんだ」

 優しく柔らかく微笑んで囁かれて、どう答えていいのか困る。だって、作れと言ったのはロテールで……。

「作れって言うから、作っただけだぞ。それでもいいのか?」

「それでも。お前からのが今日一番欲しかった」

 言われたその言葉の意味は。考えて、頬が熱くなるのがわかった。その様子に淡く笑ったロテールがソファーに座ろうと促した。

「お前が作ったんだから甘いのじゃないんだろう? だったら一緒に食べよう。紅茶を入れてあげるから」

「あ、うん」

「いい茶葉が入ったんだ」

 ソファーに座って落ち着いたと思ったら、ロテールは座らずに沸かしてあったポットのお湯でお茶を入れてくれる。手渡してくれたカップからは良い香りが漂ってきた。自分のお茶を入れたロテールもカップを片手に反対側のソファーに座る。香りを楽しむように一口お茶を飲んだロテールが、カップを机に置いて包みを手にする。

「開けてもいいか?」

「ああ」

 赤いリボンが優美で繊細そうな指によってほどかれる。包んである紙をゆっくり開いていたロテールの手が突然止まる。

「?」

 何かまずいことでもあったのかと思って聞こうとした矢先。

「くっ……あはははははは……」

 先刻のとは比べ物にならないくらいの盛大な笑い声が辺りに響く。

「な、何がおかしいんだ!? そんなに!?」

 変なものは入れた筈はないと立ち上がってロテールの隣りから覗き込む。

「なっ……こ、これっ!!」

 中に入っていたのは。

 全て見覚えの無いハート型のクッキー。

 まだ初心者だということでハンナが自分に教えてくれたのは、四角や丸の形だけだったのに。そういえば最後に「材料余ったから自分の食べる分も作っていい?」とか言っていたのはもしかしなくても。

「妹さん……確かハンナさんだっけ? が、入れたのか? どうりでなぁ……お前には似合わない形だと思ったよ」

 もう止まらない笑いの途切れた合間にそれだけ言うと、また爆笑する。途中までは確かに自分が作った材料なのだから、自分が作ったものだと言えるのだが。ハンナに心の中で文句を言ってしまう。

 まだ少し笑いながら、ロテールが腕をつかんで隣りに座るよう促される。

「何だよ?」

 自分でもふてくされた不機嫌な声だと思ったが笑い過ぎなロテールの手前、この際無視する。

「そう、拗ねるなよ……悪かった。有り難く頂くよ」

 まだ目が笑ったままだったが、クッキーを一つ手にとって口に運ぶ。見つめているこちらに気が付いてあいている方の手でもう一つ取り、目の前に差し出してきた。

「香草入りなんだな、甘くなくておいしいぞ。どうせ味見なんてしてないだろうから一つくらいは食べろよ」

 受け取って食べてみるとロテールの言っていた通り、甘くなくて自分でも食べられる。作ったものはこんな味なんだな、と思いつつ食べる。

「ありがとう」

 食べ終わるのを見計らったようにロテールがそっとつぶやいた。うっとりと聞き惚れるほど響きのいいその声にロテールの方を向くと、優しい光を浮かべた菫色の瞳と目が合った。何故か鼓動がひときわ大きく鳴る。動けなくなったのがわかるのか、ロテールが微笑んだ。

「愛しているよ、レオン」

 囁き引き寄せられて、優しく口づけされる。

 少し前まではそんなロテールの行動に戸惑うばかりだったけれど。今は言葉で言われて接吻を交わして、ロテールに愛されていると心から思える。自分が変わったとはっきりわかるが、その変化のもたらすものは今まで無かった心からの幸福感。

 そんな幸せに包まれて過ごせる一日は、昔よりもずっといいから。

 

 

 幸福な恋人たちを祝福する銀の雪は降り続ける……。

 

 


 

F i n ……

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