はぁ・・・。
溜め息は罪の証し・・・、そう言っていたのはなんだったか。
あの夜以来、僕は溜め息ばかりついている気がする。
後悔しているつもりはない。・・・ないが、未だにあいつの顔をまともに見れない。
だが、自分の気持ちを持て余して、ふらふらとしているのも性に合わなかった。
村雨との関係・・・おそらく、今までのような友人として付き合うことは、もうできないだろう。
かといって、簡単には気持ちの整理をつけられそうもなくて。
今日も特に店で何かをする気にはなれなくて、ぼーっと座っていた。
客は殆ど無い。
龍麻や彼らと知り合った連中が訪れるようになり、この店が賑やかと言う表現で現せる日が、度々あるようになってからは、ふと気付くこの静けさが身に沁みる。
溜め息ばかりが店へと溢れる。
そんなことをぼんやりと考えていた時、店の扉が開き、当の連中が入ってくる。
「よォ!如月。なーにシケたツラしてんだよッ」
「こんにちは、如月」
次々と挨拶しながら店の中へと入ってくる。
「ああ、いらっしゃい。今日は何の用だい?」
女性が2人もいるからか、店の中がどことなく華やいだ雰囲気になる。
賑やかな骨董店、というのも変だが、あまり人付き合いの多い方ではない僕にとっては、たまにはこんな感じも悪くはないなと考えるようになっていた。
あれこれと、物色を始めた5人を奥から眺めていると、その視界に龍麻の姿が入る。
以前は、なんだかその姿ばかり目で追っていたような気もするが、今は自分でも少し変わったと思う。
彼が、僕にとって全てを賭けて護るべき存在である事は、依然として変わらない。
そして、自分自身の意志でそうしたい、と思っている事も変わらない。
だが、思い返してみると、僕が彼の全てを欲しいと思っていたのは、心のどこかで、彼を手元に置く事でそれを易くしようと思っていたからのような気がする。
我ながら浅慮で自分勝手な想いだ。
その時、ふとそれを気づかせてくれた男の顔が浮かぶ。
ニヤニヤといつも人の悪い笑みを張りつけて、何でも賭けの対象にしてしまう、・・・そして僕に惚れてるのだと言った男の顔が・・・。
「おい?ホントにどした?」
ガタンッ!!
「な、何やってんだよッ、お前?」
「そ、それはこっちのセリフだ。突然顔を出すんじゃない!」
考え事をしながら、彼らを眺めていた僕の顔を突然覗き込んだ蓬莱寺に驚き、思わず椅子から転げ落ちそうになってしまった。
「何〜?なにかあったのか〜?」
棚の方から龍麻が問いかけてくる。
「い、いや。なんでもない。ちょっとつまづいただけだ」
慌てて弁明しておく。まったく、この男の前でこんなみっともないところを見せる羽目になるとは・・・。
「・・・ホントにお前、なんかあったのか?」
蓬莱寺は、心なしか小声になり、僕に問いかけてくる。
「な、何がだ?」
「いやァ、お前最近ひーちゃんのコトあんまり見てねェだろ?なんでかな、と思ってよ。・・・俺の推測したところ、だ。・・・そりゃ、村雨となんか関係あんじゃねェのか?」
その言葉は少なからず僕を驚愕させた。
龍麻の事を見ていない、それは蓬莱寺でも気づくだろう。いつも、龍麻の周りに纏わりついている彼の事だから。
だが、それが村雨と関係ある・・・とは、何故だ?
「い、一体何の事だ・・・?」
「フフン、とぼけても無駄だぜ。この間俺たちが、村雨と一緒に来た事あったろ?あんときなーんかお前らの雰囲気が、な。・・・色恋にゃ疎いひーちゃんなんかは多分気づいてないだろうけどなッ」
・・・本気で驚いた。まさか蓬莱寺がそこまで気づいていたとは・・・。
意外とバカな様でいて、そうでもない、というところか・・・?
その時、ふと僕はこの男に相談してみるのもいいか、と思いつく。
確かにこの男、見目はいい方だと思う。それに僕などよりも遥かに恋愛経験も多そうだ。
どうやら、僕と村雨の事に気づいてた様だし、それに一見軽そうだが、しっかりと口止めさえしておけば、絶対話さないくらいの堅さは持っているだろう。
「・・・すまないが、蓬莱寺。少し相談したいことがあるんだが」
「相談〜?お前が俺に?・・・・・・コンサルタント料は?」
「・・・・・・奥にあるもの、どれか1本だ」
「よっしゃ、商談成立〜♪だな」
「で?相談ってのは何だよ」
龍麻達の帰った後、蓬莱寺に一人残ってもらい座敷へと通す。
僕の出した、お茶を啜りながら蓬莱寺は聞いてくる。
一升瓶を抱え僕に問いかけてくるその姿は、あの晩の村雨を思い出させて、思わず苦笑いが漏れる。
---今飲まない、ということは、あの酒は龍麻にやるつもりなのか・・・。
僕が蓬莱寺に出した相談料というのは、今蓬莱寺が抱えている一升瓶だ。
村雨がこの家にやってくるときは、決まって手土産として一升瓶を抱えてくる。だが、一晩で一本開けてしまうようなことはさすがにあまりなくて、大概次は余っているものから・・・、ということになり、未開封のものがごろごろする羽目になっているのだ。
銘柄や味には余りこだわってないらしいが、何故か村雨の持ってくるのはいずれも名を知られた名酒ばかり。
中には1本数千円のものまであるようだから、蓬莱寺に出した相談料としては決して安くはないだろう。
・・・まあ、元手はかかってないのだが。
「・・・一体どうやって話せばいいものやら・・・」
「はァ?何だよそりゃ。・・・よくわかんねェけど、一から話してきゃいいじゃねェか」
「・・・・・・」
この男にそんな風に言われるとは・・・。
仕方なしに僕は最初から一つずつ話していく。龍麻の事、村雨の事、僕の事・・・。
全て話し終え、蓬莱寺を見ると、うーんうーん、と腕を組みながら唸っている。
「お、おい・・・その、・・・マジ?・・・お前が・・・えーっと、村雨をヤっちゃったって?」
額に脂汗の様なものが浮かんで見えるのは気のせいか。
「嘘をついてどうする。それでは相談にならないだろう」
またしても、うーんと唸る蓬莱寺。
だが暫くした後、顔を上げて彼が続けたのは、僕にとってかなり心外な言葉だった。
「・・・・・・お前って・・・意外とバカなんだなァ」
心の底から呆れたように呟く。
「・・・何?・・・・・・君にバカ呼ばわりされるとは、な」
・・・何故僕がこの男にここまで言われなければならないんだ。
「だってそうだろ?お前・・・例えば俺の事抱けるか?」
「なッ、何を言い出す!!」
背筋を長虫が這う様な悪寒が走る。
「お前今気持ちわりィって思っただろ。俺だってひーちゃんの事が好きなんだぜ?なんで村雨には出来て、俺には出来ねェんだ?」
「・・・・・・」
確かにそう言われてみれば、そうだ。何故だ・・・?
「男の生理なんてモンは、単純だからなァ。欲求が溜まってどーしてもヤりたくてしょーがねェってワケでもねェなら、勃つ理由ナンざ一つしかねェだろうが」
「・・・それは僕が村雨に惚れているという事、か・・・?」
ふぅ・・・・。
「やっぱりバカだよ、お前。そんな単純な事、俺に聞かなきゃ気付かねェんだからよ」
僕が、村雨を・・・?
そうなのだろうか。
なんだか胸の中がもやもやしてすっきりしない。
確かに他とは違う特別な感情を持っているような気はしていた。
だが、それが恋とか愛とか呼べる感情だとは・・・
蓬莱寺の言葉に、僕が考え込んでしまっていると、蓬莱寺は何かを期待するような眼差しで僕へと近づいてくる。
「じゃ、じゃあさ。お前知ってんのか?・・・ひーちゃんが誰の事好きなのか」
・・・は?
「・・・知りたければ本人に聞けばいいだろう」
「そ、そんな事・・・・・・聞ける訳ねェだろ」
「君は・・・思ってたとおりのバカだな」
さすがにこれは僕も呆れる。何故僕が、わざわざそこまで蓬莱寺に教えなければならないんだ。
「な、なんだとォ!?そりゃどういう意味だよ!!」
掴み掛からん勢いで蓬莱寺が捲くし立てる。
「言葉通りだ。一番近くで見ていて分からないようでは、バカ呼ばわりされても仕方ないだろう」
・・・なんだかこれではさっきの仕返しをしているようだな。
その時、障子がすっと音もなく開き、僕らへと声がかかる。
「へェ。こりゃずいぶん変わった組み合わせだな。一体何の話だ?」
「む、村雨!!いつのまに!?」
バカな・・・今日は鍵をきちんと掛けてあるはずだ。
「げッ・・・村雨ッ!?」
「げッ、とはご挨拶だな、蓬莱寺。ああ、鍵なら、ちょちょいと開いたぞ。・・・不用心だな」
閉めてあった鍵をこじ開けて、不用心とは、随分な言い草だ。
が、突然の来訪者は僕と蓬莱寺にはインパクトが強すぎた。
しかもその時の体勢は、・・・端から見れば僕が蓬莱寺に押し倒されかけてるような・・・。
「さ、さーて。嫁さんが帰って来たんじゃ、俺はお邪魔だな。んじゃ、そういうことで間男は、帰るわ。じゃあなァ、如月。」
「お、おい、蓬莱寺!!誤解を招くような言い方はやめろ!!」
ばたばたと慌ただしく一升瓶を抱えた蓬莱寺が消え、部屋には僕と村雨の二人が残る。
「・・・嫁さん・・・ね?ほ〜お?」
障子に身体を凭れかけさせ、じーっと僕を見つめる村雨。
何も後ろめたい事などない筈なのに、何故かその視線を真っ直ぐ受け止められない。
「さて、・・・と。ヤツと二人っきりで鍵まで掛けて何してたのか、・・・じっくり聞かせてもらおうじゃねェか」
そう呟くと、いつもの薄笑いを浮かべながら、じりじりと僕との距離を詰めてくる。
慌てて後ずさるが、・・・気がついた時には僕は天井を見る羽目になっていた。
・・・押し倒されたのだ。
「ちょ、ちょっと待て。重いぞ」
体格では絶対的に劣る僕では、伸し掛かられたら撥ね除ける事が出来ない。
「そりゃ、そうだろ?押し倒してるんだからな。さァて、言わなきゃこのまま始めさせてもらうぜ」
シャツの隙間から手が入れられる。触れられたその感触に背筋がゾクッとなる。
「や、やめ・・・ろっ・・・」
いやだ。
こんなのは僕の望んだ事じゃない。こんな風に抱かれるのは。
目の前の飄々とした男が酷く憎らしくて、目の前が真っ暗になる。
「・・・おい、いくらなんでも泣くこたァねェだろうが」
頬を伝う涙。
いつの間にか僕の目からは涙が溢れ出ていた。
「俺は泣き顔見てェ訳じゃねェんだぜ・・・」
チッ、参ったな・・・
村雨は小さくそう呟きながら頭を掻く。僕の上から重みが消える。
「お・・・まえが悪い・・・からな・・・」
「あーあー、どうせ俺はいじめっ子だよ」
そうだ、こいつが悪いんだ。・・・信用しないから。
「何か・・・あるわけ、ないだろう・・・。蓬莱寺なんかと・・・」
へッ!?
村雨が間抜けな声をあげる。そんな声を聞いたのは初めてだ。
顔を上げて見れば、酷く驚いていて。
「彼には少し相談に乗ってもらっていただけだ。・・・他に何かあるはずない」
そう。あの男は僕にとって、単なる仲間以上の認識はない。
何故なら僕が好きなのは・・・
「ッたってよォ。あんなとこ見せられりゃ・・・よォ」
「お前は・・・意外と嫉妬深いんだな」
僕がそう呟くと、村雨は鼻の頭を掻きながらそっぽを向く。
・・・少し目尻が紅く色づいているのはきっと気のせいではないだろう。
「お、おいッ!!」
気がつくと僕は村雨を抱きしめていた。涙は既に止まっている。
「・・・僕が誰のものなのか、証明してあげるよ・・・」
僕の手が滑るたびに、ぴくっと反応する身体。
前の時は、切羽詰まっていたからどんな風だったのかよく覚えていなかったのだが、意外に感度はイイらしい。
そんな反応が楽しくて、身体中を撫で回してみる。
「くっ・・・お前・・・なァ。いい加減・・・しつけェ・・・ぞ」
「おや?気持ち良くはないのかい?」
胸の紅い突起を摘まみながら、耳元に舌を這わせ囁く。
「んっ・・・くぅ・・・」
僕の手が村雨を翻弄しているのだと思うと、嬉しくてしょうがない。普段はコイツに揶揄われてばかりだから。
眉を顰め、必死に声を噛み殺そうとする、村雨の上気した顔。普段からは到底想像つかないその表情は、僕を熱くさせる。
唇を胸元まで下ろし、今度は含んでみる。
「・・・!」
ぺろっと下を這わせた瞬間、背中が跳ねる。
カリッと歯を立てると、身体が捩れる。
「おい!!・・・うっ・・・も・・・んっ・・・いい・・・だろう・・・が・・・ぁ」
真っ赤な顔をして抗議する村雨。可愛いと思ってしまうのは、・・・欲目だろうか?
もっと見ていたい気もするが、これ以上調子に乗ると本気で怒るだろう。
しぶしぶだが、右手を下半身へと下ろしていく。
片手でベルトを外し、ファスナーを下ろす。その間も胸への愛撫は続けて。
ズボンにゆっくりと差し込んだ手が、叢を掻き分け目的地へたどり着く。
緩く起立した場所へと。
「はぁっ・・・あっ・・・」
きゅっと握り込むと、それだけでぐっと体積が増す。
艶のある声。いつもの低音も、このときばかりは高くなる。
こんな声を聞けるのは僕だけ。そう思うと僕の身体がさらに熱く滾ってくる。
揉み込む手から濡れた音が溢れ出す。
「あぁっ・・・くぅ・・・」
「・・・素直に声を出したらどうだい」
「ば・・・かや・・・あぁっ!!」
一段と声が高くなる。・・・僕がギュッと握ったからだ。
もうズボンを履いたままではずいぶんキツい。一旦手を放し、ずるっとそのまま引き摺り下ろす。
「んあっ・・・んんっ・・・」
布が擦れる感触にまで感じているようで、淫らな声が上がる。
完全に下半身が灯の下、顕になる。
唇を下ろし、めいいっぱい自己主張する股間に僕は口付ける。そっと優しく。
そうして根元から先までゆっくりと舐め上げる。一番先まで来て、先端を舌でつつく。
びくっびくっと、そのたびに手の中のものが揺れ蠢く。
舌の動きに合わせて、村雨の上の口から切なげな喘ぎが漏れる。
もっと・・・、もっとこの身体に刻みつけたい。僕の全てを。
僕自身が忘れないように。たとえ僕が忘れてしまっても、この身体に刻みつけた僕自身を見て思い出せるように。
「あっ・・・も・・・やめ・・・」
村雨が限界を訴える。本当ならこのまま一度イカせたかったが、思ったよりも僕自身が熱くなってしまった。
村雨の身体を俯せに返す。唇を秘められた扉へと運ぶ。---潤す為に。
「ひぃ・・・あっ・・・」
唇を付けた途端に上がる喘ぎ。・・・後ろでも感じているのだろうか。
舌を杓替りに唾液を流し込む。先端を尖らせ、扉をこじ開けながら。
ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・と濡れた音が響く。
頃合いを見て指を2本揃えて差入れると、襞がひくひくと誘い込むように蠢く。
シャツ一枚だけを羽織った姿で、顔を畳に押しつけ、声を殺そうとしている村雨。
『お前って意外とバカなんだな』
蓬莱寺の言葉が甦る。
悔しいが彼の言う通りだ。
こんなにも熱くなるほど村雨の存在が心に大きくなっていたのに、認めようとしなかった。
あまりに近すぎて、どれ程大切か見失っていた。
だけどもう、自分に嘘は付きたくない。
そして・・・・・・
後ろを苛んでいた指を引き抜く。代わりに僕の想い全てを穿つ為に。
狙いを定め、村雨の背中に覆い被さる。
・・・正面切って言うのはやはり恥ずかしいから・・・
「・・・愛してる、村雨」
小さな耳元の囁き。
来るべき衝撃に備え、身体を固くしていた村雨の身体が、驚きに弛緩する。
「ぐっあぁっ・・・!!」
奇妙な声が上がる。僕が一気に最奥まで押し込んだからだ。
どんなに慣らしても、もともと受け入れられるようにできている訳じゃない器官だ。
かなりキツいのだろう。締めつけも痛いくらいだ。
「てめェ・・・いき・・・なりは・・・ねェぞ・・・」
「おや・・・?僕の一世一代の告白を聞いていないのか?」
首筋に舌を這わせながら呟く。
それだけで村雨の腰が揺れる。
「ヘン・・・てめェが俺に・・・んっ・・・惚れてるなんざ・・・とうに知ってたぜ・・・ぇ」
言ってくれる・・・
しばらく締めつけを楽しんだ後、前に手を伸ばす。
衝撃で、わずかに萎えたそれを緩く揉み込む。
「んんっ・・・」
僕の手が蠢く度に、村雨の締めつけがほんの少し緩む。手の動きに合わせ、腰を使うとだんだん村雨の口から漏れだす声も妖しげになってきて。
「あっ・・・あっ・・・あぁ・・・・・・っ」
ぐちゅっ・・・ぐちゅっ・・・と、結合部から聞こえる淫らな音が、僕の腰の動きを早くさせる。
そうして、目も眩むような陶酔感の中、僕は想いの丈全てを村雨の内に注ぎ込んだ。
はぁ・・・
「・・・一体なんだ、その溜め息は」
僕の顔をじっと見つめた後、わざとらしく漏らした溜め息を聞き咎める。
「なーんかお前と居ると・・・流されるな、と思ってよ」
乱れた衣服そのままにぼそっと呟く村雨。
いくらなんでも、ここまでじゃなかった筈なんだがなァ、そう続けながら、まだ少しぼーっとした表情で僕を見上げている。
「仕方ないだろう?お前が先に僕に惚れているんだから」
にこやかに僕がそう告げた時の村雨の表情を、僕はきっと忘れないだろう。
後日
「こんにちはっ。如月いる?」
「やあ、いらっしゃい・・・おや?今日は一人なのか?」
龍麻が一人でこの店にやって来る、今までなかった事だ。
「うん、俺だけは部活とかやってないしね。今は結構暇なんだ」
心が暖かくなる優しい笑顔。この笑顔を護るためになら、僕は命を懸けれる。
『親友』の座が空いた今は、僕の中では龍麻が今その位置にいる。彼がどう思っているのかは、わからないが。
いつもは束ねている長い髪をおろして微笑んでいるその姿を見ていると、まだ少しどこか心が疼く気がする。
「で、今日はお礼言おうと思って来たんだ」
「お礼?」
何か礼を言われるような事をした、だろうか?
「うん。この間京一にお酒貰ったから。・・・京一は如月に貰ったって言ってたから」
ああ、あの一升瓶の事か・・・。
「でも驚いちゃったなー。如月が村雨と付き合ってたなんて。京一に言われた時はビックリしたよ」
「な、何だって!?」
龍麻のその言葉に思い出す。・・・・・・ほ、蓬莱寺に口止めを忘れていた・・・。
あの時突然現れた村雨に驚き、すっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。
「た、龍麻?・・・その事を他の誰かには・・・話したかい?」
「え?ううん、俺は話してないけど・・・」
けど?
「京一が昨日霧島に話してたのは聞いたな。えーっとあと・・・」
思わず感じた目眩いに、もう僕は龍麻の話をほとんど聞いてはいなかった。
その後、僕が村雨から散々いやみを言われたのは、言うまでもない。