ふわり、とカーテンが揺れた。
頬をかすめた微かな風に気づいて、ロテールは顔を上げた。どこからか滑り込んでくる風が、まだ湿り気の残る金の髪を撫でて過ぎていく。 首を傾げて、それからようやく室内の温度の低さに納得した。風も吹き込んでくるだろう。どうやら、窓を閉め忘れていたらしい。 暖炉に火を入れても暖まらないわけだ。けれども、いったいいつ窓を開けたのだろう? 今日はずっと出かけていて、邸に帰ってきたのはつい先刻だ。帰ってきてからは居間と浴室に寄って、この部屋に足を踏み入れたのはほんの数分前。朝起きてこの部屋を出てから、かれこれ半日以上ぶりのことだ。……まさか、朝からずっと窓が開いていたわけではないだろう。 首をひねりつつ、湯上がりの身体がこれ以上冷えてはたまらない、と部屋を横切り窓辺へと近づく。視界を遮るカーテンを勢いよく引き開け────そして、窓の外から目を離せなくなった。
真珠色の、満月。
枯れた葉をすべて落とした木立のシルエットの向こうで、冴え冴えとした光を放っている。冬の澄んだ空気は、天空に浮かぶ欠けたところのない銀盤をより大きく見せていた。 雲ひとつない夜空。いつもより存在感のある月を掲げたその紺碧の空は、額縁で切り取ってしまえばそのまま絵画にもなりそうだ。 現実なのに、どこか幻想的な風景。夢ではないのに、とらえどころのない空間。 それは。 「……あいつみたいだな」 呟きと共に、笑みが洩れた。 淡い光をたたえ、満ち欠けを繰り返す天体。太陽の強烈な光の下では霞んでしまうその光も、闇が支配する夜になれば人々を導く唯一の明かりとなる。 なのに満ちたり欠けたり、時には消えてしまったり。それが、まるで気まぐれのように手を差しのべるその姿を重なって。 だから、月に見入ったまま声をかける。 部屋に戻ってくる時間を見計らって、そっと窓を開けておいた犯人に。 誰よりも、月と闇が似合う青年に。 「……あんたがわざわざ訪ねてくるなんてな。月見の誘いか?」 「君のことだから、どうせ窓の外なんて見ないでさっさと寝入るだろうと思ってね」 返ってくるのは呑気な声。 聞き慣れたはずのその声に引き寄せられるように、ロテールは開きかけていた窓を押し開いた。 そのまま窓の外へと足を踏み出す。何も置いていない広いバルコニーを見渡すと、声の主は窓のすぐ脇、壁に寄り掛かって腕を組んでいた。 全身黒ずくめの見慣れた姿を認めた途端、ロテールの口元が無意識にほころぶ。 年齢よりも幼く見えるその嬉しそうな笑顔に、
「こんばんは、ロテール。少しだけ俺につき合ってくれるかい?」 「あんたの誘いを俺が断るわけないだろう」
レンは少しだけ、呆れを含んだ笑みを見せた。 |