さして広くないリビングに、ヒーターの音だけが静かに響いている。 「…………」 ベランダに続く大きな窓はカーテンが閉まっている。ほんの少しある隙間から覗く窓の外はすっかり暗くなっていた。 学校の連中とラーメン屋を出た時はまだ西の空にオレンジ色が残っていて、その後、仲間達と別れ、まっすぐ壬生の部屋を訪ねたのだが。 龍麻は壬生と向かい合わせに床に座りながら、ぼけっと彼を眺めていた。さすがにフローリングに直接座るのは冷たいのでクッションを敷き、その上に土産物屋によくある恵比須大黒の置物みたいに固まっていた。 壬生の両手が編み棒をせわしなく動かすのをただ黙って見ていた。 糸をかけてある左手の人差し指がくるくると円を描くように動く度、少しずつ模様が浮かんでくる。その糸は一緒に店に行った時に買ったもので、生成の極太の毛糸だった。毛糸というより紐っていう方がいいくらい、よりがきついもので、壬生曰く、「その方が模様が際だつから」ということだった。 その言葉通り、今編んでいる生地には太い樹の幹のようなケーブル模様を中心に細いケーブルが数本取り囲んでいた。それを一度も躊躇うことなく、指が動いて、完成させていく。 何か、不思議な感じだった。たった一本の糸が、布に、しかも複雑な模様の入ったものに、見る間に変わっていく。 ずっと下を向いて作業していた壬生がふっと顔を上げた。 「どうしたんだい?珍しく静かじゃないか」 「え?」 龍麻は居心地悪そうにごそごそと足を組んだ。 「い、いや、邪魔しちゃ悪いかと思って」 ぼそぼそ呟いた言葉に壬生は小さく微笑った。 「別に構わないよ」 「でもさ、手元が狂ったりとか、しないか?」 「慣れてるから、平気だよ」 そう言いながら、壬生の手は動きを止めていなかった。時々、視線が手元に戻り、長い睫が瞳を隠す。 「ふうん。……すごいな」 素直に感心すると、逆に驚いた目で見詰め返されてしまった。 「ただの慣れだよ」 「でもさ、何かを作るのって、俺はすごいことだと思うけど」 「そうかな」 「そうだよ」 真顔で言い切られて、壬生は編み目を数える振りをして顔を伏せた。 「……僕は手を動かすのが好きなだけだよ」 「俺は、そんな紅葉が好きだよ」 小さい声で言った言葉に間髪入れずに応えられて、壬生は思わず呆れた顔をした。 「また、そういうことを……」 「だって、本当のことだぜ」 「…………」 しれっとそんなことを告げる彼に、溜息をつく。 「好きだよ、紅葉」 龍麻が伸ばしてきた腕に、壬生は観念して編み針を置いた。また出来上がりが遅れるな、と思いながら。
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