北風と彼とセーターと
背後から音もなく忍び寄る気配に、龍麻は素早く振り返った。
「驚いたかい?」
手に紐状の物を持った壬生がさして表情を変えずに立っていた。しかも、その紐は両手の間にたるみなく張っている。
「…………」
「ああ、首でも絞めると思ったのか。……まさか、そんなすぐ足のつく方法はとらないよ」
薄く微笑う姿に見惚れながら、しかし寒いものを感じたのも事実だった。
「僕は、ただ肩幅を測ろうと思っただけなんだけど」
「?」
よく見れば、壬生が手にしているのは確かにメジャーである。
だが、何も気配を殺して近付く必要はなかったのではないか?
ますます眉間に皺を寄せて険しい表情になる龍麻に、壬生はわずかに声のトーンを落とした。
「セーターを編むのに、君の肩幅が知りたかったんだ」
「……………!?」
「肩が足りないと、着れないからね」
龍麻の思考が壬生の言葉を理解するのに十数秒はかかった。
「……手編みの、セーター…?」
「君には茶よりグレーの方が似合うな。……けど、模様を入れるなら、白とか生成りだな……」
しかし、壬生は肩幅を測るのも忘れ、腕を組んで独り言を呟いている。
「紅葉……?」
「ケーブルを4本くらい入れて……後ろ身頃も模様入れて……、袖は模様なしで……でも、あった方が豪華な気がするな……」
「もしもし?」
もはや完全に自分の世界に入ってしまっている。
そろそろ日も暮れてきたし、気温も下がってきたから、早くどちらかの家に行きたかったが、壬生のこの状態では。
「龍麻っ!」
「はいっ!?」
いきなり厳しい声で呼ばれて、つられて背筋を正してしまう。
「行くよ」
「は?」
急に背を向けて歩き出した。
そろそろ帰る気になってくれたのかと思って、嬉しそうに後についていった龍麻は自分の考えが甘かったことを思い知らされた。
壬生はまっすぐに某大型手芸材料店に向かったのだ。
「やっぱり、糸が決まらないと、デザインも決まらないからね」
珍しくにこやかに語る壬生に、もう何も言えなかった。
喜々として毛糸を吟味する横で、手持ち無沙汰にしているしかなかった。
殺伐とした世界に身を置いて、感情を凍らせてきた彼が楽しそうにしているなら、それでいいと思う。
それに、結局は。
「……ありがとう」
耳元に囁くと、ぴたと動作を止めた。
控えめに目線を合わせる。
「君は……そう思ってくれるかい?」
龍麻の答えは決まっていた。
もう冬が来ても、寒くないと思う。
愛しい人がいるから。
書いてるこっちが寒いよ(笑) |