「なァ、ひーちゃん。今度水族館にでも行かねェ?」
学校からの帰り道。二人並んで歩いている時、突然京一は切り出した。
最近は事件やらなにやらと忙しくて、二人一緒に帰れる事が少なくて。ましてや、二人っきりでどこかに行くなんてしばらく無かった。
---これじゃやっぱつまんねェよなァ---
その上、最近はライバルが急激に増えて来て、一番の親友の座でさえヤバくなってきているのだ。
ここで、一気に好感度を上げておきたい背水の陣の京一なのであった。
「水族館?いつ?」
いやだ、とは言われなかったことに気を良くした京一は、内心で小さく拳を握り締めながらも、さり気なく続ける。
「ん〜、次の日曜あたりでどうだ?ひーちゃんってさ、そういうとこ好きだろ?」
「次の日曜?・・・そうだなぁ、しばらく事件続きでゆっくり出来なかったし、行こうかな。」
---よっしゃァ!!---
・・・どうやら、拳はガッツポーズに変わったようだ・・・
「じゃさ、じゃさ。お昼に食べるお弁当、作って来てくれよ、なッ?」
ずうずうしくもおねだりまでしてみる。
「べ、弁当!?なんで俺が弁当を作らなきゃならないんだよ。」
「えェ〜、いいじゃねェかよォ〜。俺ひーちゃんの手作り弁当食いたいんだもん。」
いいだろォ?なッ、なッ?
ここは押しの一手とばかりに攻めまくる京一。龍麻が意外と母性本能旺盛で、こういうのに弱いと知っているのだ。
「もぅ・・・しかたないなぁ。・・・じゃあ、二人分作ってくるから、待ち合わせに遅れるなよ。」
・・・京一の内心はガッツポーズから小躍りへと変わっていた・・・
2時間も掛けて作った会心の作を持って、待ち合わせ場所へとやって来た龍麻は、約束の時間よりも15分前に着いたにもかかわらず、既に京一がいるのに気付き、思わず空を見上げてしまう。
・・・雲一つ無い快晴である・・・
「な、なんだよ?急に空見上げたりして。」
「いやぁ、俺今日、傘なんか持ってこなかったから・・・。」
龍麻の言い様に、京一の頬が膨らむ。
「あァ〜、ひーちゃん、ひでェ〜。俺、今日の事すっげー楽しみにしてて、張り切って早起きして出てきたってのにィ〜。」
むくれて、ひどいひどいと繰り返す京一がなんだか可愛くてつい、龍麻は意地悪してみたくなる。
「ああ、そう。どうせ俺は酷い男だからねぇ。酷い男としてはやっぱり、一生懸命作ったお弁当を、一人で食べるべきだよな。」
持って来たかばんを持ち上げて京一にひけらかす。
すると、とたんに京一の表情が困ったような顔に変わって、慌てて弁解し始める。
「ご、ごめん。ひーちゃん。俺そんなつもりで言ったんじゃ・・・」
---・・・ちょっといじめすぎちゃったかな?もともと京一のリクエストなんだしな・・・。
反省。
「冗談だよ、これは京一のために作って来たんだから、一人で食べたりしないよ。」
そう言ったとたん、京一の顔は、龍麻の一番好きな笑顔になる。
---まったく・・・修学旅行にだって遅刻しそうになったヤツがね・・・。
腕を引っ張って急かす京一に、内心苦笑しながらも、嬉しいと感じている龍麻だった。
「ほら!あのマグロ、刺し身にしたらうまそうだなァ〜。」
「京一・・・お前、さっきから食べることばっかりじゃないか。」
大きな水槽を悠々と泳ぐ魚たちを指差して、京一の言うことといえば、あの魚はうまそうだの、こっちはまずそうだの。
伊勢エビの水槽じゃ、一匹いくらくらいだろうとか、カニの水槽では、足だけでもいいから持って帰りたいとか。
呆れてるのに、はしゃぐ京一を見ているのが楽しくて、それ以上は何も言えない。
---誘った方がこれだけはしゃいでるっていうのもな・・・。
今日は日曜であるため、他の客も大勢やって来ている。ほとんどは親子連れかカップル、あとは団体客で、その中に男二人というのは普段なら、結構恥ずかしいと思うはずなのに、そんなことが気にならないほど龍麻の心は安らいでいた。
「ひーちゃんどうだった?おもしろくなかったのか?」
水族館を出て、お昼ご飯を食べるために公園へと向かっている途中。さっきから黙って京一のを歩いている龍麻に京一は、心配になって不安げな声で聞いてみる。
「そんなことないよ。・・・ただ・・・」
「ただ?ただ、何だよ。」
くすっと笑いながら龍麻は答える。
「ただね。魚たちを見てるより、京一を見てる方が楽しかったな、って思って。」
---はァ?
くすくすと、思いだし笑いをし、龍麻は呆然としている京一の腕を引っ張った。
「ほら、早く行こう。お弁当にしよう。」
穏やかな冬晴れの空の下。公園では散歩や、日光浴にやって来た人達で賑わっていた。
芝生に腰を下ろし、龍麻は2時間かかった会心作を広げる。
「う、うまそーッ!!」
「どうぞ、召し上がれ。お前のために作ったんだからな。ちゃんと全部食べてくれよ。」
---感動・・・ッ!!
サンドイッチ、おにぎり、唐揚げに卵焼き、タコさんウインナーetc.
お弁当の定番メニューではあったが、『お前のために』という部分に重点をおいて感動した京一は、猛烈な勢いで口の中に放り込み始める。
おいしそうに、食べる京一を見ていると、心が温かくなる。
いつまでもこんな穏やかな時間を共有していたい・・・。
そんな思いが、龍麻の胸に溢れてくる。
非日常的な毎日が当たり前のようになってしまっている今、普通の高校生としての生活や時間がいかに大切だったかがよくわかる。
「ひーひゃん、ほれふっげーうめー。」
口の中いっぱいにほおばりながら食べる京一。
しかし、次の瞬間京一が、苦しげに身をよじり出した。
「んぐっ・・・み・・・みう・・・ひーひゃん・・・みう!」
「ああ、もう!そんなにがっつくからだろ?」
ほらっ、と水筒から注いだお茶を渡す。
・・・どうやらお約束で、喉を詰まらせたようだ・・・
「ん・・・んん・・・・・・・・・はァはァ・・・あー、死ぬかと思った。」
「まったく・・・ホント、見ていて飽きないなお前は。」
それはさっきと似たようなセリフ。気になって京一は訊ねてみる。
「俺の方が見ていて楽しかったとか、見ていて飽きないとか・・・それって一体どういうことだよ?」
「え?言葉どおりの意味だよ。こうやって京一と一緒にいるととっても楽しいってことさ。」
そう、いつのまにか京一が隣にいることが当たり前になってて。
・・・以前京一が行方不明になっていた5日間のことはあまりよく覚えていない。
自分が自分でなかった、そんな感じで。
だから、京一が帰って来たあの日、決めたのだ。
これからはずっと一緒にいるって。京一がどこへ行こうと必ず付いて行こうって。
---言うと付け上がるから言えないけどね。
内心でぺろっと舌を出して呟く龍麻。
なんだかよくわからないけれど、『一緒にいると楽しい』と言われて機嫌の良くなった京一は、料理の方を誉め出す。
「そ、それにしても、このひーちゃんの手作り弁当すっげーうまいぜッ。これならいつ嫁に行っても大丈夫だよなッ!!」
---俺が貰ってやるからよッ。
続く言葉は飲み込んで龍麻に言うと、龍麻の方といえば、なんだか複雑な顔つきになる。
「?なに?どした?」
「いや、みんな同じこというんだなぁと思って。この間如月や村雨にも言われたんだよな。『いつ嫁に行っても』って・・・。なんで俺が嫁に行かなきゃならないんだ?」
---な、なにィ!!あいつらいつの間に!!
「あ、でも霧島は違ってたな。俺に自分の作った料理食べてくれって言って来たっけ。結構美味かったなー。」
---も、諸羽までもかッ!!
・・・ショックを受けた京一は味覚が麻痺してしまったらしく、そこから後は意地だけで、弁当を全部平らげていった・・・
「じゃ、また明日学校でな。」
龍麻の住むマンションの前。京一が、どこか気落ちしたような雰囲気で龍麻へと別れを告げる。
---なんだよ、京一。さっきまで楽しそうだったのに・・・。
なにがいけなかったんだろう?
考えてもよくわからない。
---・・・もう、まったくしょうがないなぁ・・・。
「京一!!」
龍麻は背を向けて歩き出した京一を呼び戻す。
「ど、どうしたんだ?ひーちゃん。」
龍麻は戻って来た京一の腕をぐいっと引っ張り、顔を近づけさせる。
「・・・今日誘ってくれたお礼だよ。じゃあね。また明日!」
掠めるように唇を京一の唇へと合わせたあと、龍麻はマンションへと駆け込んで行った。
---今のって・・・今のって・・・
・・・どうやら京一の思惑通り、好感度アップは達成できたようである・・・