「あ、あのっ！京一先輩・・・。先輩は明日のクリスマス・イブ、予定空いてますか！？」

昼休み、下級生の中でも結構カワイイって評判のコに呼び出され、いそいそと出かけた俺は、彼女から突然そう聞かれた。

『今年はこそは、クリスマスにデートを！』と思っていた矢先に、降って涌いたような幸運。

・・・なのにその時、俺の頭に浮かんだのはアイツ・・・、入院中の相棒、緋勇龍麻の顔だった。

「ッたく、俺らしくもねェ。いったいどうしちまったッてんだ・・・。」

走り去る彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は呟く。

さすがに泣いてはいなかったみてェだったが。

・・・そう、俺は断っちまったんだ。

『悪ィ、俺、一緒にいたいヤツがいるんだ。』

そう言って。

「あーらら、もったいない。あんたってば一体どうしたのよ？」

突然、木の影から声がかかる。

「て、てめェ、アン子！のぞいてんじゃねェよ！」

現れたのは、いつも持ってるカメラの代わりに、フォークを持ったアン子だった。

「なに言ってんのよ。あたし達がここでお弁当食べてたら、後からあんたたちがやってきたんじゃないの。」

「ほ〜んと〜、カワイイ子だったのに〜。もったいないのね〜。うふふ〜。」

げッ！裏密までいやがったのか。・・・こいつの視線はなーんか、いつも意味ありげでヤなんだよな。

「ねェ、ねェ。それであんたが一緒にいたいコって、どんなコなのよ？」

アン子は、興味津々の顔で問い詰めて来る。

「う、うるせェ！なんでお前にそんなこと教えなきゃならねェんだよ！」

「決まってるじゃない！　『蓬莱寺京一、ついに彼女が出来る！』　スクープよ！！」

・・・まったく、こいつのマスコミ根性には、参っちまうぜ。

第一、『ついに』ってのは、なんだ、『ついに』ってェのは！

「他の誰に教えても、おめェにだけは絶対教えねェよ。」

むかっ腹の立った俺は、そう告げてこの場を立ち去ろうとした。が、

「ふーんだ、いいわよ。龍麻君にでも聞くから。」

俺の背中にかけられたアン子の言葉に、思わずギョッとして振り向いちまう。

「な、なんでそこでひーちゃんが出て来んだよ！」

俺は自分の心を読まれたようで、つい焦っちまう。

俺の勢いに気圧されたのか、アン子は少し怯みながら答えた。

「なんで・・・って、あんた龍麻君と凄く仲いいじゃない。前に、龍麻君、『京一は俺になんでも話してくれるから、嬉しい』って言ってたわよ。ね、ミサちゃん。」

「うふふ〜、そうね〜。確かに言ってたわね〜。」

ひーちゃんが？そんなコトを？

「ちょっと、京一？どうしちゃったのよ？　ねェ、京一！！」

俺の頭はアン子のセリフでパンクしそうになっちまっていた・・・。

通りは、派手なイルミネーションで飾りつけられて、いやおうにも、クリスマスってのを意識させる雰囲気を作り出してやがる。

「ちッ、やんなるよなァ。一人もんにはよォ。」

俺は、ひさしぶりに部活に顔を出した後、なんとなくひーちゃんの顔が見たくなって、桜ヶ丘に向かってる途中だった。

クリスマス、か・・・。

そういや、ひーちゃんは入院してたんだから、多分デートの約束とかしてねェよな。

誰か誘いたいコとかいるんかな？

そんなことをぼんやり考えながら、人ごみを抜け、病院へと向かった。

「あ、京一。今日も、来てくれたんだ。」

そう言って、声をかけてきたひｰちゃんの嬉しそうな笑顔を見て、なんだか顔が熱くなる。

「京一？どうしたの。なんか顔が赤いよ？」

「い、いや何でもねェよ。」

なんでひーちゃんの顔を見て赤くなるんだ、俺は！？

「あー、それより、具合のほうはどうだ？」

「うん、実はね、さっき岩山先生が明日の午後退院してもいいって。」

「ほ、ホントか！？」

う、嘘だろ？ひーちゃんが入院してからまだ今日で５日目だぜ？あの傷がどうやったら、５日で治っちまうんだ？

ひーちゃんの回復力がすげェのか、それともあのセンセの治癒能力がバケモン並みなのか・・・。

「だから、あさってには学校にも行けると思うんだ。　・・・って、京一、聞いてる？」

「あ、あァ、聞いてるよ。そっか、もう退院できるんだ。・・・よかったな。」

「うん、ゴメンね。京一にも、いっぱい心配かけちゃって。」

「もう、気にすんなって。俺たちは親友だろ？」

何気なく言ったその言葉・・・。なのに、ひーちゃんは・・・

「・・・親友・・・そう、だよね。・・・親友、なんだよね・・・。」

そう呟いたひーちゃんの顔が、なんだ少しか寂しそうで、俺は呆然としてしまった。

俺たちの間に不可解な沈黙が流れる。

親友だ、そう言って寂しいそうな顔をする・・・それって、ひーちゃんは俺のことそう思ってないって事か？

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

沈黙に堪え切れなくなって、先に声をかけたのは、俺の方だった。

「お、おう、そうだ。もうこんな時間か。俺、そろそろ帰るわ。また明日来るから・・・。」

「そ、そうだね。ありがとう、京一。」ひーちゃんの声に送られながら、俺は部屋を出た。

「・・・ふぅ。」

『バタンッ』と戸を閉め、壁に凭れた俺の口から、ため息が漏れる。

ほんとに一体どうしちまったんだ、俺は・・・。

昼間のアン子の言葉と、今のひーちゃんの言葉。その二つが俺の頭の中をぐるぐる回って、俺はどうしようもないくらい混乱していた。

「よォ、ひーちゃん。」

「京一！？どうしたの学校は！」

次の日、俺はひーちゃんのために立てたある計画を実行すべく、学校を抜け出して桜ヶ丘へとやって来ていた。

そう、俺の立てたスペシャルな計画とは・・・

「へへッ、ひーちゃん今日は何の日か覚えてるか？」

「今日って・・・クリスマス・イブのこと？」

「ピンポーン！そこでだ。病院でさみしーい思いをしていた、龍麻クンのために！じゃーんッ！こんなものを用意しました〜！」

そう言って俺はひーちゃんへと昨夜作ったリストを渡す。そのリストには、俺が思いつくかぎりの女の子の名前が、書いてあるのだ。

「ひーちゃん入院してたんだから、今日の約束とかしてないだろ？だからさッ、俺が約束取りつけてきてやろうと思ってな。・・・よっ、この色男！！さァ、誰を誘いたいのかその中から選びたまえッ！」

これでひーちゃん、喜んでくれるかな？頭じゃそう思ってるのに、この胸の奥のもやもやとしたものはなんだってんだ。

ところがひーちゃんといえば、

「な、何を言い出すかと思えば・・・」

と、冷たい目。

「まァまァ、そんな顔すんなって。せっかくのクリスマスなんだから楽しんでこいよ。」

慌てて俺は弁明する。

だけど、リストを見ながらひーちゃんはぽつりと呟いた言葉は・・・

「・・・京一。」

「オッ、決まったのか？」

「字・・・汚いね。」

「ほっとけッ！！」

ひーちゃんはくすくすと笑いながら、俺へとリストを返して来る。

「ありがとう、京一の気持ちは嬉しいけど・・・。別にクリスマスだからって一緒に居たいような人はいないよ。」

「ヘッ！？そ、そうなのか？美里とか、雪乃ちゃんとか誘わなくてもいいのか？」

そんなことを言う俺って、なーんか墓穴掘ってるような気がするのは気のせいなのか？

「いいんだって。・・・なんか今日の京一、ちょっと変だよ？」

ヘッ！？変？・・・ひーちゃんにはそう見えるのか・・・？

もう、その時には、俺は自分が何がしたいのか、何を言いたいのかよくわかんなくなっちまってた。

「そっか・・・。んじゃ、さ。学校終わったらもっかい来るから、一緒にラーメンでも食いに行こうぜ。退院祝いだ、俺が奢ってやるからさ。」

「ぷっ・・・退院祝いがラーメンなの？京一らしいね。」

ひーちゃんはまた、くすくすと笑う。そんなひーちゃんを見て、なんだか俺は心配になっちまう。

「仕方ねェだろ？今月ほとんど小遣い使っちまったから・・・。それとも、嫌・・・なのか？」

「ううん、嬉しいよ。京一が奢ってくれるなんて、もう二度とないかもしれないしね。」

「このォ・・・。」

こんな他愛もない会話が楽しいなんて思うのは、俺にとってひーちゃんとだけだ。

俺は、この時、たとえ親友だと思ってもらえなくてもいいんじゃねェか、そう思い始めていた。

「よッ、待たせちまったか？」

「ううん、今岩山先生と話してたから・・・。」

病院のロビーで待っていたひーちゃんと合流する。

「ああ、知ってる。隠れてたからな・・・。まったく、あのセンセはどうも苦手だぜ。」

「そんなこと言っちゃダメだろ？いつもお世話になってるんだから。」

「へいへい。・・・さて、んじゃ、そろそろいくか。ラーメン食いに。今日は何頼んでもいいからさッ。なんなら餃子も頼んでいいぜッ。」

「うん。ありがとう。」

嬉しそうに、にこっと笑うひーちゃん。か、可愛い・・・・・・

お、俺ってどうしちまったんだ。ひーちゃんの顔を見て可愛いなんて思っちまうなんて。

「・・・？京一、どうしたの？」

「い、いや、なんでもねェ。・・・なんでもねェよ・・・。」

「・・・変な京一。」

本当に・・・変だ、俺・・・。

「はぁ。ご馳走様でした。」

きちんと手を合わせてご馳走様か。躾がきちんとされてるんだよなぁ・・・。

「なんだ、もういいのか？いつもより少なくねェか？」

餃子も頼んでいいって言ったのに、ラーメンだけでいいのか？

「京一・・・。忘れてるかもしれないけど、俺今日退院したばかりなんだよ？そんなにいきなり食べられないよ。」

・・・そういやそうだった。本当にすっかり忘れてた。

「そ、そっか。んじゃ、もういくか。」

ラーメン屋を出て帰り道。ひーちゃんと二人でこうやって歩いていると、なんだか俺の胸の中がまたもやもやしてくる。

「なァ、ひーちゃん。・・・ホントに誘いたいヤツとかいなかったのかよ・・・？」

何故か心のどっかで聞きたくないって思ってるのに、俺は自分でもバカだと思うような事を聞いちまってる。

「もう・・・、いないって言っただろ？・・・京一こそどうしたんだよ。今日は本当に変だよ？」

「・・・わかんねェ。なんか昨日から頭ん中がぐるぐるしてて、俺にもよくわかんねェんだ。」

しかも、それは全部ひーちゃんの事で・・・。

だが、その時ひーちゃんは突然とんでもねェ事を言い出した。

「京一・・・。俺さ・・・好きな人いるんだよ。」

「・・・ヘッ！？」

ひ、ひーちゃんに好きなヤツ！？

「・・・多分初めて会った時からずっと好きなんだと思う。」

「だッ、誰なんだよッ、そいつは！！」

な、何で俺こんなに動揺してんだ？なんか胸が痛くて苦しくて・・・。

だけど、ひーちゃんは俺の顔をじっと見た後こう言った。

「・・・京一には言わない・・・絶対に。」

「なッ、何でだよ！！俺にはってどう言うことだよ！！」

俺はなんでもひーちゃんに言ってるってのに、ひーちゃんは俺に隠し事するってのか！？

「・・・京一には言えないよ。言ったらもうこの思いは消さなきゃならない・・・。思いがなくなったら、もう俺は俺でいられなくなるから・・・。」

「何だよ、そりゃ！ああああッッッ！！！もう、頭ん中ぐちゃぐちゃでわけわかんねェよッ！！」

「だって！！だって！俺の好きなのは京一なんだよっ！！」

ひーちゃんはそう言ってハッとなる。何か失言したみたいに・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・え！？

「お・・・・・・俺ェッ！？　おいおい、た、質のわりィ冗談はやめろよなァッ！！」

冗談ッ！そう、冗談だよなッ・・・！？そう思うのに、なんで俺はこんなに動揺してるんだ！なんで心臓がバクバクいってるんだ！

・・・なんで嬉しいなんて思ってるんだ！！

だけど俺の言葉に、ひーちゃんの顔からさっと血の気がなくなり、突然うつむき呟く。

「・・・京一は俺の事その程度にしか思ってなかったんだ。俺が・・・俺がこんなこと冗談で言うヤツだと思ってたんだ・・・」

「なッ！？」

冗談じゃねェ・・・ってェ事は・・・本気で・・・本気で俺の事が・・・・好きだって事、か？

俺が呆然としていると、ひーちゃんは突然身を翻し、走り出した。それを俺は混乱したまま追いかけ、その腕を掴み引き止める。

「ちょッ、ちょっと待てよ！！」

「嫌だ！！離せよ！！」

「嫌だ！！離さねェよ！！」

そんな俺に向けてキッと顔を上げ、睨むひーちゃん。その目には・・・

「・・・ひーちゃん・・・泣いて・・・」

「京一に嫌われたら・・・もう・・・傍にいられないのに・・・だから・・・言えなかった・・・のに・・・。」

ぽろぽろと涙をこぼし、嗚咽混じりに呟く。そんなひーちゃんを見ていると、胸が切なくて、ズキズキして痛い。

だから・・・だから俺はひーちゃんの腕を引き寄せ、ギュッと抱き締めた。

本当に俺ってバカだな・・・こんなに・・・こんなにも・・・

「ゴメン・・・ひーちゃん。泣かせるつもりなんかなかったのに・・・。」

「きょ・・・いち・・・・」

しゃくりあげながら、俺の名を呼ぶひーちゃん。やっと気付いた。ここまで来てやっと気付いた。

俺はそっとひーちゃんの顎に手をかけ、上向かせる。頬を伝う大粒の涙。濡れた瞳に映る俺の顔。

吸い寄せられるようにその涙へと口付ける。まなじりから、頬へ・・・。そして頬から唇へ・・・。

「・・・京一・・・。」

「ゴメンな・・・俺も、俺もひーちゃんの事が好きなのに・・・泣かせちまって・・・。」

そうだ、俺は好きなんだ、ひーちゃんの事が。なのに信じてやれなくて、傷つけて。

俺はもう一度その柔らかい唇へと顔を寄せる。今度は激しく、息ごと貪るように。

舌を絡め、角度を変えて何度も、何度も・・・。

「嫌いになんかなれねェよ。ひーちゃんが俺の傍にさえ居てくれたら、それでいいと思ってた。だけど、今は違う。ひーちゃんが好きだ。ひーちゃんの全部が欲しいんだ。」

「京一・・・。」

泣きやみ、口付けで少しぼーっとして俺を見上げているひーちゃん。可愛くて、愛しくて、身体が熱くなる。

「信じなくってゴメンな。驚いちまったから。ひーちゃんも俺の事好きだなんて思ってなくて・・・。」

俺の言葉に、ひーちゃんは、再び俺の胸へと頭をもたれさせて小さく呟いた。

「ううん、ありがとう。嬉しい。・・・よかった・・・ホントに。」

その時俺はひーちゃんの頭に白い物が付くのに気付く。

「・・・雪だ・・・。」

「え！？あ、ホントだ・・・。」

空から舞い降りる真っ白な雪。

「俺・・・今日の事絶対忘れないよ。」

俺の胸で呟くひーちゃん。この温もりを手放すなんてもう出来ない。

だから俺は言う。

「心配しなくてもいいさ。俺が・・・一生忘れさせてやらねェから・・・。」