のセクハラ日記




 

入院 1日目

 

「はァ〜い。検診のお時間ですよォ〜。」

部屋のドアが開き、少しうとうととしていた僕に、間延びした声がかかる。

高見沢だ。

その後ろからは巨体を揺らしながら、岩山先生が部屋へとやってきた。

「どうだい、調子は?」

「ええ、ずいぶんと楽になりました。まだ、ところどころ傷みますけど。」

「あたりまえだよ。あんなひどい傷を見たのも、この間の・・・ええっと、霧・・・島と、いったか・・・?、あのかわいい坊や以来だよ。まだまだしばらくは入院しといてもらうよ・・・まったく、あんたたちが来るようになって、こっちは大忙しさ。」

ぶつぶつと文句を言いながらも、手早く検診を済ませていく。僕は京一が言うほど、この先生が嫌いじゃない。

・・・ちょっと、あの笑い方だけはなんとかならないかな、と思わないでもないけれど。

「ほら、検診は終了だよ。ひひ、いいねェ、若い男の肌ってのは。」

「せ、先生!?どこ触ってるんですか!!」

先生の手が僕の、パジャマをはだけた胸を撫でさする。

「ちょ、ちょっと!やめて下さい!!」

「ひひ、じゃあ、安静にしてるんだよ。」

ひひ、ひひひひひひひ---とあの、無気味な笑い声をあげながら、岩山先生は高見沢を連れて、部屋から出て行った。

・・・前言撤回。僕は岩山先生が結構苦手かもしれない。

ああ、出来ることなら早く退院したい・・・。

 

 

 

入院 2日目

 

今日は日曜ということもあって、何人かが見舞いに来てくれた。

午前中には、なんと秋月君も、御門と芙蓉を連れて来てくれたのだ。

秋月君が心配そうに、「早く良くなってくださいね。」と、言ってくれるのはとても嬉しいんだけど、その後ろで御門が額に青筋立てながら僕を睨んでいて、ちょっと恐かった。なんでだろう。

 

午後からは劉が見舞いに来てくれた。

けれど、なんだか顔が赤い。

指摘すると、困ったような顔をして、こう答えた。

「なんや、ここの患者さんって、女の人ばっかりやろ?さっきロビーを通ったら、わいのことあんまりじろじろ見よるさかいに、一体なんでや?、と思うて、高見沢はんに聞いたら・・・」

そこまで言うと、劉は小声になって続けた。

 

「ここって、産婦人科なんやてな。」

 

そうなのだ。確かに、ここ桜ヶ丘中央病院は、霊的治療を行える岩山先生がいるため、その手の患者さんが収容されることが多くあり、僕らもちょくちょく足を運んでいたのだが、本来は産婦人科が専門。

・・・確かに学生服を着た、男子高校生が来るには、かなり恥ずかしい場所かもしれない。

 

しばらく他愛もない話をしているうちに、僕はトイレに行きたくなってしまった。

「ゴメン、劉。ちょっとトイレ行きたいんだ。手を貸してくれるかな?」

と、劉に頼んでみる。まだ、体がうまく動けなくて、一人でトイレまで行くのは結構大変なのだ。

せっかく心配して来てくれてるんだから、少し甘えてみよう・・・そう思った僕はずいぶんと浅はかだったらしい。

「なんや、便所に行きたいんか?そないに無理せんでも・・・。」

そう言いながら、いきなり劉はベッドの下をごそごそしだした。

「な、何?劉?」

「おッ!あった、あった。」

劉がベッドの下から取り出したもの・・・

「ほら、アニキ。これ使こうたらええやん。」

「・・・なんでそんなところにシビンがおいてあるんだよッ!?」

そう、ガラスの細長い瓶。劉の取り出したものは、紛れもないシビンだった。

「え?病院ならどこでもあるんとちゃうの?さっきこの部屋来る前、岩山先生のとこ挨拶に行ったら、

 『緋勇はまだろくに動けないのに、一人で無理にトイレ行ってるらしいから、次からはベッドの下においてあるものを使え、と言っといてくれ。』

って、言わはったで? 一人じゃ大変そうなら、わいも手伝ったってって。」

・・・もう一度前言撤回。僕は岩山先生が、かなり苦手のようである。

「アニキ、出そうなんやろ?はよズボン脱いでや。手伝うたるさかいに。」

そういって劉は僕のズボンを引っ張る。

「い、いいよッ!それくらい一人で出来るからッ!」

「そんな、遠慮せんと、わいとアニキの仲やないか。」

「そういう問題と違うだろッ!第一、「仲」ってどんな仲なんだッ!」

「まあまあ、ええからええから。」

そんな僕のツッコミを、まるでスケベおやじのように躱すと、劉はあっという間にズボンを脱がせてしまった・・・。

 

「ほな、アニキ。お大事になッ!」

ずいぶんと上機嫌で、劉は部屋から出て行った。

ううっ。初めて他人に触られてしまった・・・。

天国のお父さん、お母さん。はたして僕は、おムコに行けるのでしょうか・・・。

 

 

 

入院 3日目

 

コン、コンと、ノックが聞こえドアの方へと顔を向ける。

「失礼しますッ!!」と、礼儀正しく挨拶して、霧島が入ってきた。

京一のことをとても尊敬してるし、僕にも敬意を払ってくれる、真面目でいい後輩だ。

「おはようございます!」

その霧島の後ろから聞こえてきた声は・・・

「さ、さやかちゃん!?」

「龍麻さん、お怪我の具合は大丈夫ですか?」

なんと、あの舞園さやかちゃんがこの病室に!

・・・と、普通のファンならきっと舞い上がっているんだろうなと、内心苦笑する。そういう意味では、個室でよかったと思う。だけど・・・

「うん、あ、ありがとう。忙しいのに、来てくれて・・・、う、嬉しいよ。」

・・・実は僕、さやかちゃんが少々苦手なのだ。

知り合う前は京一と同じ、普通のファンだったんだけど。

「じゃあ、僕このお花、花瓶に活けてくるね。」

僕と、さやかちゃんの間に流れた不穏な空気に少しも気付かず、霧島は、持ってきた花を活けるため、部屋から出て行った。

「・・・龍麻さん、ほ・ん・と・う・に、大丈夫じゃないんですか?」

さ、さやかちゃん。眼が恐い・・・

「あ、ああ。い、いや、まだまだ万全じゃないんだ。」

「・・・そうですか。それはとっても残念ですね・・・。」

「え!?」

「せっかく、新しい『歌』を覚えたので、聞いてもらおうと思ったのに・・・」

そうなのだ・・・。さやかちゃんは『歌』に力を持っている。

だけど、僕らと出会ってからさらに強くなったその力は、新しく得た『歌』がどんな効果を持つのか、歌ってみるまでわからなくなってしまったらしい。

そう、さやかちゃんは僕で、効果の程を、試そうと思っていたのだ。

・・・このあたりは、裏密といい勝負かもしれない・・・。

「ざ、残念だなァ・・・アハハ・・・協力、出来なくて・・・・。」

しかし、僕の考えは非常に甘かった。

「え?ほんとですか? じゃあ今ここで歌ってみてもいいですか!?」

ゲッ!?こ、ここで?

「えーっと、あー、あ〜。それじゃいきますね〜。」

や、やめてくれーェ!!

「うわーーーーーッッ!!」

その後、霧島に呼ばれて駆け付けた高見沢が見たものは、口から泡を吹き、白目をむいた僕だったという・・・

「あ、あら?どうしてかしら、おかしいわね?」

「さ、さやかちゃん・・・?」

うう。1日も早く、家に帰りたい・・・。

 

 

 

入院 4日目

 

・・・さっきからもう1時間。二人とも微動だにしない。

美里と雪乃ちゃんである。

その二人を心配そうに、桜井と雛乃ちゃんが寄り添って眺めている。

「・・・龍麻の世話は私がしますから。雪乃さんはお忙しいでしょうし、どうぞお帰りになってはいかが?」

「ちょっとッ!なんで手前ェにそんなこと言われなきゃならねェんだよ!龍麻の世話はオレがやるんだッ!」

最初は、二人はどちらが僕に薬を飲ませるかで、言い争っていたのだ。

それが、しばらくして睨み合いに変わり、今に至っているという。

「ねェ、葵。そろそろ帰らない?」

「そうですわ、姉様。あまり長居しては、龍麻様に御迷惑ではありませんこと?」

恐る恐る声をかけた二人へ、ギッと向けた美里と雪乃ちゃんの視線は、とても親友や妹を見る表情じゃない。

・・・ゆ、雪乃ちゃんはともかく、美里・・・、君は菩薩眼の娘じゃなかったのか・・・?

「・・・もういいから、さ。薬くらい自分で飲むよ。」

そう言って、僕は薬と、水の入ったコップに手を伸ばす。

「た、龍麻!ダメよ。私が!」

「お、オレが飲ませてやるって!」

 

『パシャ!!』

 

僕が持ったコップを奪おうとした二人の勢いで、コップは宙を舞い、みごとに僕の頭へと水を降り被らせた。

「あっ、ご、ごめんなさい!」

「悪ィ!冷たかったか?」

慌てて、タオルを取ろうとする二人を制し、僕は、髪から滴をしたたらせながら、にっこりと笑顔で告げる。

「悪いけど、少し眠りたいんだ。今日はもう帰ってくれるかな?」

「・・・そ、そうね。ごめんなさい、気が利かなくて。」

「お、おう。雛!そろそろ帰るぞッ!」

そんな僕を顔を見て、4人はいそいそと帰って行った。

どうやら僕の笑顔は凄絶なまでに、ひきつっていたらしい。

ああ、平穏な我が家が懐かしい・・・

 

 

 

入院 5日目

 

「う〜ん、ちょっとお熱があるかな?」

検温に来た高見沢が、体温計を見ながら呟いた。

どうやら昨日の騒ぎで、精神的な疲れがでたらしい(水も被ったし)。・・・少し熱っぽい様な気がする。

「じゃあ、お薬持って来るねッ。」

そう言って、高見沢は部屋を出て行った。

「ふぅ。今日は何事も起こらなきゃいいけど・・・。」

僕の宿星とやらは、どれだけ僕に試練を課そうというのか。病院のベッドの上でさえ、心休まる余裕が無いとは・・・

---なんだか戦闘で受ける傷よりも、ずっとダメージが多いようなのは気のせいだろうか。

 

そんなささやかな僕の願いを嘲笑うかのように、高見沢が戻ってきた時、手にしていた物---

「それ」を見た瞬間、僕はの思考は固まってしまった。

飲み薬にしては大きくて、少し細長い、白い・・・

「・・・た、高見沢? それってひょっとして・・・・・・、座、薬・・・?」

「うんッ!!そうでーすッ。はァ〜い、お尻出してくださいねェ〜。」

「ど、どうして座薬なんだよ!?飲み薬だってあるんだろッ?」

「ん〜ッ、だって院長先生がこれを持って行きなさいッて〜。」

・・・さらに前言撤回。僕は岩山先生が、ものすご〜く苦手かもしれない。

初めて京一の気持ちが分かった気がする・・・。

にこにこと、答える高見沢の無邪気な表情に、思わずめまいを感じてしまう。

そのとき「コンッ、コンッ」と、部屋をノックする音が聞こえた。

「は、はーい。どうぞッ!!」

その音の主が、僕にさらなる不幸を運んで来るとも知らず、天の助けとばかりに、招き入れる。

入ってきたのは、村雨だった。

いつもは白い学ランを着ている彼も、今日は祝日。私服姿だった。

見慣れないその姿に、思わず見とれてしまっていた僕に、村雨の呆れたような声がかかる。

「よう、先生・・・って、何やってんだ?」

その時の僕の姿は・・・

パジャマのズボンを下げようと引っ張る高見沢の手を、なんとか防ごうとしている最中だったのだ。

「おいおい、高見沢。病院内で患者襲ってるのかい?」

ニヤニヤと薄笑いを浮かべながらの問いに、高見沢がむくれる。

「ぶぅ〜。違うも〜んッ!!ダ〜リン、お熱があるみたいだからお薬あげようとしてただけだもんッ。」

「薬・・・?薬って・・・「それ」か?」

村雨が、高見沢が手にしている「それ」を指差す。

「うんッ。でもダ〜リンたら、恥ずかしがっちゃってェ。ズボン下ろしてくれないのォ〜。」

「・・・へェ・・・。」

顎に手を当て、なにか考え込む村雨。

い、嫌な予感がする。村雨がこんな顔をするときは絶対ろくでもないことを考えてる時だ。

「・・・なァ、高見沢。俺が代わりにやってやろうか?」

「な、なにィ!?何言い出すんだ!村雨!」

「えェ〜、でも〜。お仕事だしィ〜。」

「なァ、先生。先生は俺と高見沢、どっちがイイか?」

どっちがイイって・・・そんなのどっちもイヤに決まってる!!

そんな僕を、今度は崖から突き落とすようかのように、部屋のドアが開き、高見沢へと声がかかる。

『高見沢さん、ごめんなさい!救急が入っちゃって手が足りなくなったの。大至急戻ってちょうだい!』

「・・・ほら、高見沢。呼んでるぜ。ここは俺に任せて、行ってやんな。」

「・・・うん、わかった。じゃあ、お願いねッ。」

高見沢は、村雨に「それ」を手渡すと、急いで部屋を出て行った。

た、高見沢!行くな!僕をこのケダモノと二人だけにしないでくれェ〜!!

「さァ、先生。・・・楽しいコトしようぜ?」

「よ、よせ!!村雨!!」

う、うわー!!く、来るなーーー!!!触るなーーー!!!!

・・・僕の心の叫びは、天に届くことはなかった・・・。

 

「・・・あっ・・・も・・・でるっ・・・・・・ああっっ」

シーツに白い液体が飛び散る。

「ふぅ。さ、薬は入った・・・と。ヘヘッ、楽しませてもらったぜ、先生?」

ううううっ。お尻に『薬』ではなく、指を入れられ、掻き回され、そのあげくにイカされてしまうなんて・・・。

天国のお父さん、お母さん。とうとう僕はおムコに行けない体になってしまいました・・・(涙)

ぐったりと崩れ落ちた僕を、ニヤニヤと笑いながら見つめていた村雨は、僕の耳元へと顔を近づけ、囁いた。

「じゃあな、先生。次の機会にゃ、指じゃなくて、『俺』を入れさせてもらうぜ。」

 

『バンッ!!』

 

僕の投げつけた枕をひょい、とよけると村雨は笑いながら部屋を出て行った。

もう嫌だ!!こんなところには1秒だって居たくない!!

絶対に退院してやる!!

 

 

 

入院 6日目

 

「おい、ひーちゃん。ほんとに大丈夫か?まだずいぶん顔色が悪いじゃねェか。」

「いいんだ!もう大丈夫だから!!」

あのあと僕は、岩山先生に頼み込んで、今日、退院させてもらうことにした。

京一の言うとおり、まだ万全というわけじゃない。それどころか、見舞客のせいで、へたをすると1日目よりも体調が悪いかもしれない(泣)

けど!!だけど、こんなところにいるよりはずっとましだ!!

柳生!!もっともっと、強くなって、絶対この借りは100倍にして返してやるからな!!

そう僕は心に、固く誓うのだった・・・。

 

 

その後退院した龍麻が、決戦の日までの間、恐ろしい形相で、旧校舎に通い詰めていたとか、いなかったとか・・・。

 

おわり


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