クッキーモンスター

 

 

 それは、とある昼下がり。

 

「なあ、烈矢ぁ」
 自分に背を向けて黙々とZ−3の修理をしているらしい烈矢に向かって、豪樹が声をかけた。
「・・・・・・・・・」
「烈矢ってば。おい」
 うつ伏せに転がって頬杖をついたままもう一度声をかけてみるが、まったく反応がない。聞こえてないはずはないのだが、どうやらシカトを決め込むつもりらしい。
 またかよと思いつつ、豪樹はしつこく呼び続けることにした。さすがにこれでも烈矢の兄だし、烈矢が生まれた頃からつき合っているのだから、扱いはそこそこ心得ている。
「こら烈矢、返事くらいしろよ。おーい、聞いてんのか〜、烈矢ぁぁ?」
「・・・・・・・・・」
「聞こえてないわけないよな、この至近距離で。ほら烈矢、聞きたいことがあるんだからこっち向けよ」
「……うるさい」
 何度目かの呼びかけで、烈矢がとうとう振り向いた。ただし、歓迎していないのはあきらかだ。
 さほど広くもない部屋の中で大声を出され続けたら無視しようとしても聞こえるし、あんまり続くと集中力も欠如する。騒音の中で無視し続けるというむなしい努力をするよりは、どうせロクでもない用件でも聞くだけ聞いてやろうと思ったのだろうが、表情があからさまにイヤがっている。
 そんな烈矢の反応に気づかなかったはずもないのだが、豪樹はまったく気にしない。
 ようやく烈矢を振り向かせたことで、とりあえずご満悦らしい。にこにこと得意げな笑顔を見せる。
「聞こえてんじゃね〜か。名前を呼ばれたら返事しろ、って教わったハズだろ〜? 一回で振り向けよな〜」
「兄貴の用事なんて、どうせ大したことじゃないだろ……」
「そこまで言うか、オマエ」
「ホントのことだろ。で、何だ?」
 まったく乗り気ではないらしいが、聞く気はかろうじてあるらしい。ブツブツと文句を言いつつも先を促した烈矢の気が変わらないうちにと、豪樹は手をついて起きあがる。
 そして、おもむろに口を開いた。
「オマエさ〜、好きなコっている?」
「………………は?」

 一瞬、兄弟の間に乾いた風が吹き抜けた。

 

「そんな怖い顔すんなよ〜〜」
「・・・・・・・・・」
 たとえ乾いた風が吹こうとも、突き刺すような視線で睨まれようとも、豪樹はひるまなかった。
 それが兄としての意地なのか、単になんとも思ってないだけなのかは、本人にしかわからない。機嫌が急落下している烈矢に構うことなく、脳天気に言いたいことを言っている。
「ちょっと聞いてみただけだろ〜。そりゃ、烈矢にはちょっとまだ早いかとは思ったけどさ……って、お〜〜い、烈矢〜〜〜?」
 あぐらをかいたままのほほんとしている豪樹を後目に、烈矢は修理していたはずのZ−3のパーツを手早くまとめてケースに納めると立ち上がった。
 そのまま何が起こったのか理解していない豪樹を冷たい目で一瞥すると、すたすたと扉の方へ歩いて行ってしまう。そのまま扉を押し開けると、外に出ていってしまった。
 直後に「バタンッッッ!」という、もしあと5年この建物の老朽化が進んでいたら、屋上だけでなく建物全部が崩れさるんじゃないかと思われる大音響が鳴り響く。
 まったく気にはしていなくても烈矢の機嫌が氷点下になっていたことは察していた豪樹は、烈矢のささやかというには騒音公害激しい八つ当たりを予測していたのか、耳をふさいでそれをやり過ごしたらしい。
 それでもつい扉がたたきつけられると同時に咄嗟につぶっていた目をそろそろと開けながら、耳から両手を外して肩をすくめた。 
「……烈矢のヤツ、なに怒ってるんだ?」
 目をぱちくりさせて、豪樹は首を傾げる。
「別に名前まで教えろって言ってるわけじゃないのになあ。う〜〜ん、素直にクラスの女の子に聞かれたって言ったら、教えて……くれるワケね〜か。あの調子じゃ」
 クラスの女の子がなんでそんなことを聞いてきたのかには、もちろん豪樹は気づいていない。
 そのうえ烈矢が機嫌を損ねた理由なんて当然のごとく考えようともしない豪樹は、ある意味いちばんヒドイ奴なのかもしれなかった。

 

 

 

 

「ホント、かわいげってモンがないんだよな〜。少しは兄貴に懐いたっていいと思わねえ?」
「……そうだねぇ……」
 烈矢が豪樹しか見ていないのは一文字兄弟をよく知っている人ならすぐにでもわかることだし、GEN製作所に来てからというものは毎日豪樹にくっついてまわっているあの状態は、普通「懐いている」というのではないだろうか?
 おやつのクッキーをかじりながらぼやく豪樹の相手をしながら、一文字兄弟の現在の保護者である俊夫は、ちょっとだけ烈矢がかわいそうになったのか軽いため息をついた。

 

// end //

 


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